第5話

 5


「トットー、こっちこっちー!」

「あ、カイト! にげるなー!」


 いや、逃げるから。

 けいどろの真っ最中なんだか、ケーサツ役のトットからドロボーの僕は逃げるしかないじゃんね。


 四歳児にしては動けるトットだけど、そこは転生者の僕。

 体の使い方も戦術も段違い。

 適当に翻弄しておけば――。


「みんな、逃げるよ!」

「ああっ! タリア! ひきょうだー! ティーもちゃんと見てろよー!」

「ご、ごめんね……」

「ティーのせいにしないのー! ほら、逃げて逃げてー!」

「ちくしょー。ぜってえ、全員つかまえてやるからなー!」


 捕まっていたドロボーをタリアが逃がしてくれた。

 きゃーきゃー言いながらあっちこっちに子供たちが走り出して、トットの目がそっちに行っている間に僕も逃走。

 すまない、トット。

 勝負の世界は残酷なのだ。

 しかし、なんだな。トットの呆然とした顔はある種の趣味を目覚めさせてしまいそうな魔性の顔だな。

 将来、やばい女に引っかからない事を祈る。


 ふふ。

 前世的には久しぶりだけど、体を動かすのって楽しいなあ。

 社会人になってからは運動なんて全然していなかったし、動いたら動いたで筋肉痛が酷かった。

 子供の体はもどかしいところもあるけど、成長が半端ない。

 毎日、成長を感じられて楽しくなってしまう。


「もう少し大きくなるまではこれでいいかな」


 基礎体力をつけるには十分だ。

 武器の使い方とかはもうちょっと育ってから。

 じゃないと、普通に院長や父さんに止められる。

 あの父さんに止められるんだから、他の人にお願いしてもダメだろう。


 建物の影に隠れてケーサツの様子を見ながら考える。

 孤児院の広い庭から見えるところに院長の姿はない。


 刻印魔法を見せてもらってから十日。

 最初の数日は僕を警戒しているのか遠くから様子を見ていた院長も、もう前と同じ行動パターンに戻っている。

 魔法が使えなくて飽きたと思ったのだろう。


 甘い。

 皆と遊んでいるのは仮の姿。

 僕は毎日魔法を使うために特訓をしている。


「って、成果がないと格好つかないか」


 十日。

 思いつく限りの手を試しているけど、とっかかりも掴めていなかった。


 魔力ってなんなの?

 他の子供たちに聞いてもそもそも意味が通じないし、院長や父さんを観察してもわからない。

 目で見てわかるものじゃないのか、僕にその感覚がないだけだのかもわからない。

 わからない。わからない。わからない。

 ああ。

 もう。


「楽しいなあっ!」


 悔しいし、不安にもなるけど、それでも楽しいの方が強い。

 あれこれ考えて、試して、失敗して、何度も繰り返して、徒労に終わっても、じゃあ次はと試行錯誤するのは楽しい。


「それに、魔力さえどうにかなれば――」

「つ、つかまえた」

「あれ?」


 腰に腕を回される感触。

 不安そうに見上げてくるティーと目があった。

 失敗した。

 考え込んでいる間に捕まってしまった。


「よし! ティー、いいぞ! 後はタリアをつかまえたら勝てる!」

「ちょっと、カイト! ティーに甘すぎ!」


 ゴメン。

 手加減したんじゃなくて油断。

 まあ、ここはその隙を逃さなかったティーが上手だったわけで。


「やられたー。ティーはうまいね」

「……ふふっ!」


 頭を撫でてあげれば嬉しそうに微笑んで、かわいいなあ。

 手を引かれて連行する間もニコニコしちゃって、これでは負け惜しみも言えないじゃない。

 結局、僕という主力が抜けたドロボーチームの負けで終わってしまった。


 その後はハリセンを使ったチャンバラなんかもやってみた。

 こっちはトットが無双だった。

 どうも長物を振り回す才能があるっぽい。

 布で作った棒なのにヒュンヒュン音を鳴らして振り回していた。

 丸めた布の棒とはいえ人を叩くので、叩く前は『ごめんなさい!』と言って、叩かれた方は『あいえー!』と声を上げるルールをくわえたらなかなかカオスだったけど。


 そんな感じで遊びに遊んだお昼過ぎ。


「カイト、どこ行くの?」


 小さい子は元気だけど体力は多くない。

 眠そうにしている子が増えてきたところでお昼寝に部屋に戻った中、抜け出そうとする僕にタリアが気付いた。


「うん。院長のとこ」

「また?」

「ちょっと聞きたい事があるんだ」

「ふうん」


 タリアも眠いのか、それ以上は聞いてこない。

 布団をかけてあげればすぐに目を閉じてしまった。


「おやすみ」


 部屋を抜け出した先は院長の部屋、じゃなくて物置小屋だ。

 子供だらけの孤児院ではなかなか集中できないから、魔力の事を考える時はここにしている。

 いつも通り壁の板を持ち上げる。

 心なしか前よりも簡単に外れた気がした。

 早速運動の効果が出ているのかな。


 ここ数日続けている瞑想を今日もやってみる。

 正しい瞑想のやり方なんてわからないから、適当だ。

 目をつぶって、体の内側の事を考えるだけ。

 聞こえてくる音を気にしないように集中して、呼吸も忘れるように集中して、鼓動の音だけが残るぐらいに集中――できないなあ。


 誰かに見られているわけじゃないのに、気が散る。

 いつもより物音が気になる。

 前世の聖人は苦行を受けながらでも瞑想できたというけど、どんな精神構造していたんだろうか。


「僕は悟れそうにないや」


 あれこれ考えてしまう。

 この十日で院長やアルド父さんから話を聞いてみた。

 院長には諦めたと思ってもらいたいから直接的に聞けないのがもどかしいけど、少しは魔法についてわかった事がある。

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