第4話

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 院長と別れて僕が駆け込んだのは物置小屋だ。

 庭の片隅に建てられた小屋は用事もないと大人は近づかないし、施錠されている上に、お化けが出るなんて噂まであるから子供も近づかない。

 ただし、僕は例外だ。


「急げ急げ急げ」


 裏手の壁の板を押し込みながら持ち上げると、板はあっさりとはずれるのだった。

 一年前にたまたま見つけて、僕だけの秘密にしている。

 といっても本当に小さな隙間なんだけど、体の小さな子供だけが滑り込めるのだ。

 秘密の隠れ家にはもってこいだろ。


 早速僕は土間の地面にさっき見た模様を書いてみる。

 記憶は新しく、元々がシンプルな形だった上に、どことなく前世のアルファベットに似た形をしていたおかげで覚えていられた。


「とりあえず、これでよし!」


 この文字のような模様――うーん、とりあえず刻印とでも呼ぼうか。

 刻印が魔法にとって重要なのは間違いなさそうだ。

 最初に覚え間違いしたら大惨事だった。

 こうして記録さえしてしまえば忘れずに済む。


「ちょっと思っていた魔法と違うけど、それはいいや」


 呪文を唱えて、火とか水が出るわけじゃないんだ。

 刻印魔法、って感じなのかな。


 簡単に消えてしまわないように刻印をなぞって、地面を削りながら思い出す。

 院長が魔法を使った時の光景。


 空に刻印を書き、短い呪文みたいなのを呟いたら文字が光った。


「光ったのは刻印が【陽】だったからかな。灯れ、とか言っていたし」


 さすがに【獣】や【盾】で光ったりはしないだろう。

 つまり、刻印には種類があって、その種類に合った効果が出る、と。


「多分、もっと複雑なんだろうな」


 さっきの【陽】も光るだけじゃないと思う。

 呪文が『灯れ』じゃなくて『光れ』や『輝け』なら効果がまた違ったんじゃないのかな?

 だって、野獣の力を宿すという【獣】なんて効果がバラバラ過ぎるだろう。

 馬のように速く走り、ゴリラのように力が強くなり、鳥のように空を飛べるとはならないだろうし。

 だからきっと、呪文にも意味がある、と思う。


「刻印も三つだけのはずないし」


 院長が知っているのが三つだけなのか、それとも子供に教えても問題ないと判断したのがこの三つなのか。

 もっとあってほしい。

 定番は【炎】や【水】の属性系か。


「あー、検証したいなあ。組み合わせたりとかもできるのかなあ。魔力の注ぎ方とかでも変わってくるのかなあ」


 いま知ったばかりでもこれだけ疑問が湧いてくるんだ。

 楽しくして仕方ない!

 自然と笑いが漏れてしまう。

 本気になるって、夢を叶えようとするって、こんなに楽しい事なんだ。


「いやいやいや、わかってるよ。楽しいばかりじゃない。きっと失敗ばかりになったら嫌になるんだろ? 諦めそうになるんだろ? 僕には才能がないって、言い訳したりしてさ。ははっ、そんなの関係ない」


 妥協して、諦めて、また前世の終わり方を繰り返すより、高い壁に挑む方がずっとずっとましだ。


 と、一人で不気味に呟いている場合じゃなかった。

 夢を叶えるにはまず魔法を使えるようにならないと。


「魔力で刻印を書く、か」


 指先に魔力を集めるイメージ。

 人差し指を立てて、ジッと視線を向けて、体に流れている力を凝縮する。


 集める。

 集める。

 集める。


 途中から息をするのも忘れて集中して、周りも目に入らないぐらいに集中して、息苦しくなって脂汗が出ても――って、体に流れている力ってなにさ。


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 ぽてっと背中から倒れて、止めてしまっていた呼吸を再開する。


 魔力?

 なに、それ。

 僕の中にあるの、それ?

 それっぽい感覚がまるでなかったんだけど。


「集まれ。集え? 集合! 来い! 来い来い来い! 来たれ! 出ろーっ!」


 声に出しても、気合を込めてもダメ。


「……院長は気合いを込めたりしてなかったな」


 動よりも静と見た。

 目を瞑って、指先に意識を向けて、深い呼吸を繰り返す。

 なんとなく温かい感覚が指先に灯った気がした。

 集まったそれが散ってしまわないよう、そっと目を開ける。


「光って……ないんかい!」


 気のせいだった。

 指先は何も変わっていなかった。


 ちょっと恥ずかしい。

 人に見られていたら軽く羞恥で悶えそう。

 秘密の隠れ家でやって正解だった。


「……ちょっと落ち着こう」


 寝ころんだまま立てた指先を見つめるけど、魔力を集める以前の問題だ。

 魔力なんて前世にはなかった。あったのかもしれないけど、少なくとも僕の周囲には存在していなかった。

 魔力がどんなものかまるで見当がつかないぞ。

 こういうのって自然とわかるものじゃないの?

 カイトの感覚でもわからない。


「はかったか、院長」


 知識不足だ。

 くそう。ここらへんまで考えて教えたな。

 刻印がわかれば誰でも――子供でも使えるなんて危険すぎるもんね。

 ただでさえ、刻印は複雑な形じゃないんだから下手すれば偶然で魔法が成立してしまいかねない。


 魔力の扱いに何かあるわけだ。

 それも子供一人じゃどうにもならないような、何かだ。


「ぐぬぬぬ。この憤りが魔力に……ならないか」


 精神的なものじゃない。

 となると肉体的なもの?

 魔力の反動(?)に耐えられる強靭な肉体が必要で、それまでは体が無意識に魔力を抑えてしまうとか?


 うん。

 違うかもしれないけど、冒険者になるなら体作りは無駄にならない。

 どの道、体力は必要なんだから鍛えるところから始めてみよう。

 四歳児にできることなんて高が知れているかもしれないけど、小さい頃から体を動かしていた子供とそうじゃない子じゃ運動神経に差が出る。


「うんうん。外で遊んでいるところを見せたら院長も油断するかもしれないしね」


 だったら、子供たちも巻き込もう。

 遊びなら体力をつけるんだ。

 いつもは鬼ごっこぐらいしかやっていなかったけど、かくれんぼ、けいどろ、障害走やチャンバラだって工夫すれば怪我しないようにできる。

 全身運動と同時に反射神経とか鍛えられるといいね。


「じゃあ、まずは皆を誘導しようかな」


 男の子はトット。女の子はタリアを味方にすれば簡単だ。

 さあ、子供たちよ。

 僕の夢のために遊んでもらうよ。

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