第3話
3
「魔法を知りたい?」
翌朝。
僕は遊びに誘ってきた子供たちに、棒倒しと即席メンコと五目並べを教えて夢中にさせ、そのまま孤児院に取って返した。
狙いは裏庭で洗濯物を干していた院長だ。
院長はでかい。
アドル父さんも背は高い方だけど、それと同じぐらい大きい。
子供の僕からするともう巨人だ。
おまけに顔が怖い。
いつも眉間にしわが寄った難しい顔をしているものだから、孤児院に来たばかりの子供には必ず泣かれるぐらい。
泣かれた後は家事の間、ずっと落ち込んでいるのは公然の秘密だったりする。
今日も院長は難しい顔で僕を見下ろしている。
「……どうした?」
怖い顔だけじゃなくて、言葉も足りないんだよなあ。
今も不自然に間が空いたけど、これで言葉を選んでいるんだから不器用過ぎる。
以前の僕はまだ少し怖いと思っていたみたいだけど、今は怖いどころか微笑ましいまである。
「冒険者になりたいんだ」
「………」
真っ直ぐ目を見て返事をしたせいか、少しだけ驚いたように目を開く院長。
決して怒りにわなないているわけじゃない、はず。
「……冒険者になってどうする?」
院長は少し困った雰囲気を漂わせている。
ああ。子供たちから冒険者になりたいと言われるのはいつもの事なんだ。
無理もない。
この孤児院の父親は最強の冒険者なのだ。
子供が憧れて、マネしたがるのは自然の流れか。
「……冒険者は危ない」
言いながらそれとなく右腕をまくってみせてくる。
院長の右腕は前腕から先が木製の義手だ。
院長は子供が冒険者になるのに反対だ。
それも無理はない。
院長は大きなケガを理由に引退するしかなかった元冒険者。
子供が憧れだけで目指すには危険で過酷すぎる仕事と知っていれば、保護者としては止めたくもなる。
口下手ながらもそれを伝えたいらしい。
実際、意思の弱い子なら怯んで諦めるのかもしれない。
でも、僕はちょっと違う。
「冒険者になって、一番の魔法使いになりたいんだ!」
「……魔法使いに? 冒険者ではないのか?」
また驚いている。
「強い魔法使いが強い冒険者なんでしょ?」
「……それは、そうだが」
「なら、一番の魔法使いは一番の冒険者だよね?」
「……そうか? そうかもしれない」
論理の飛躍とは思うけど。
でも、魔法の研究者になって部屋で実験を繰り返す姿が僕の夢とは一致しないんだ。
魔法を使っていてこそ、一番の魔法使いだと思う。
「……アドルが言っていた通りか」
「父さんが?」
「……お前が何か言ってくるかもしれんと」
昨夜の宣言を聞かれたからなあ。
大人同士で子供の事を共有していたか。
デリカシーの欠片もないアドル父さんの事だ。僕の青春の叫びをそのまんま話したに違いない。
「……カイトが冒険者を目指すとは思っていなかった」
「そう?」
「……お前は守る側だと思っていた」
うーん。
院長、四歳児に話しても伝わらないと思うよ。
言いたい事はわかるけどね。
今までの僕はあんまり積極的じゃなくて、いわゆるフォロー役だったからなあ。
もの言いたげに見下ろしてくる院長から目を逸らさない。
これぐらいの圧力に負けていては夢なんて叶えられないし、院長だって認めてくれないだろう。
「魔法、教えて」
「……いいだろう」
よし。
上目遣いが効いたのかな?
子供の甘えに弱いもんなあ、院長。
心の中でニマニマしていると、院長は足でさっと地面を均しして、ササッとそこに模様を書いていく。
模様といっても複雑ではない。
一画、二画ぐらいの簡単な文字みたいなものだ。
それが三つ。
「【獣】と【陽】と【盾】だ」
「え? ええっ!?」
もう講義が始まってるの!?
教師を紹介してもらうつもりだったんだけど!? 待って待って待って待て待て待てちょっ!? メモも用意してないんだけど!? っていうか、この文字っぽいのがなんなの!?
「これが【獣】で野獣の力を体に宿す。次が【陽】で光を生み出す。最後の【盾】は魔力の盾を生み出す」
大混乱の僕に気付いているのか、いないのか。
院長は淡々と模様を指差しながら話し続ける。
いつもの口下手はどこいったのさ!
「これを魔力で刻むと魔法になる」
僕が地面を凝視していると、院長はいきなりスッと指先を空に躍らせると、赤い線が宙に残った。
これって地面に書かれた【陽】という模様?
「灯れ、【陽】」
目の前に白い光が生まれた。
文字を中心に大人が両手を広げたほどの大きさ。
いきなりの出来事に驚いて尻もちをついてしまう。
光は何もないのに宙に浮いたままで、向こう側が薄っすらと透けて見えた。
院長が再び指先を振るい、【陽】の模様を払う。
それだけで光の玉は消えてしまった。
時間にして数秒の出来事。
なのに、心臓がバクバクと鳴ってうるさいぐらいだ。
「……終わりだ」
「ええっ!?」
講義終了!?
始まるのも突然だったけど、終わるのも突然すぎる。
院長は無情にも地面の模様も消してしまい、魔法の痕跡はもうどこにもなくなってしまった。
「……ちゃんと魔法を教わるなら金が要る。ただで教えてもらえると思うな」
ぴしゃりと言って洗濯物を干し始める。
どんなに強請っても聞く耳もたんと言わんばかりの後姿。
育児・百戦錬磨の貫禄がある。
これ、院長は本気で僕に魔法を教えるつもりはなかったな。
興味本位だけなら満足しただろ、と。
ちゃんと教えてやっただろ、と。
院長らしい甘さと心配が混ざった判断だ。
「ふふふ」
「……どうした?」
普通の子供なら怒るか、すねるか。
けど、僕にそんなつもりは微塵もない。
なにせ、本物の魔法を目の前で見せてくれたのだから!
「ありがとう、院長!」
魔法は確かにあった。
使うところも見せてもらった。
四歳児のおねだりでもらうには十分すぎるぐらいだ。
三度驚いている院長に手を振って、僕は走り出した。
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