第2話
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転生。
前世の創作の中ではメジャーなジャンルだ。
死んで、生まれ変わる。
子供からのやり直し、と。
「しかも、異世界転生」
僕が生まれなおしたここは、日本どころか地球でもなかった。
カイトの五年分の記憶が教えてくれる。
いわゆる剣と魔法の世界というやつだ。
ここには魔法があり、魔物がいて、冒険者がいるらしい。
あんまり驚いていないのはカイトの記憶のおかげか。
夕食を終え、孤児院の皆が寝静まった深夜。
僕は部屋から抜け出して、一人庭から空を眺めていた。
「どうしよっか」
いや、どうするもこうするもないんだけど。
前世の僕は死んでしまった、のだと思う。
あの後どうなってしまったのか考えると、複雑だ。
会社は、まあ騒ぎになるだろうし、過労死とか労災とか問題にもなるだろうなあ。
その辺り、ポジティブにもネガティブにも思うところはある。
あるけど、今の僕にはどうしようもないのだから、割り切ろう。
冷たいかもしれないけど、言葉通り今はもう他人事だった。
だから、考えるのは今の僕がどうするか。
転生したら……っていうテンプレはいくつかあったな。
「前世の知識を使って、商売をするとか?」
……無理だな。
少なくとも孤児院の環境でできそうにはない。
遊具でも料理でも開発したところで、大人に奪われるのが目に見えていた。
商売なんてプロとの伝手でもないとうまくいくはずがない。
下手すれば僕の知識に目を付けられるかもしれない。
第一、学生から離れて十年以上も経った中年の知識なんて元から穴だらけで役に立たないだろ。
「趣味の範囲ならいいかな」
孤児院の子たちにおいしいものを食べさせるとか、遊びを提供するとか。
それぐらいならいいか。
「なら、やっぱり魔法かな」
魔法。
子供だから詳しい事は知らない。
でも、確かにある。
父さんも院長も使っていたし、街でも見かける。
何もないところから火が出たり、風を起こしたり、光らせたり。
あれは魔法だ。
胸がドクンと鳴る。
いや、前世を自覚してからうっすらと感じていた高揚を自覚したという方が正しいかもしれない。
夢物語にしかあり得ない奇跡。
それが地続きの世界に、手を伸ばせば届く位置にあるという事実。
焦がれる。
惹かれる。
憧れる。
熱を感じたんだ。
前世の記憶は少し欠けていた。
常識レベルの大まかな知識はそのまま。
けど、名前とか、年齢とか、住んでいた場所とか、僕個人の記憶は思い出そうとしてもとっかかりすらつかめなかった。
まるで最初からなかったみたいにぽっかりと穴が空いている。
ただ、想いだけは残っていた。
「本気に……」
本気になりたい。
後悔すらない空虚。
あれを繰り返す事のないよう、何かに本気で取り組む。
その何かを魔法にする。
「魔法を、本気で、極める」
声に出すと確信に変わる。
感じた事ない焦がれ。
焦りにも似た欲求。
思い込み?
勘違い?
上等。
「僕は魔法を極める」
大きなことを言っていても、極論これは趣味の話だ。
大成できるかどうかは重要ではない。
重要ではないけど、本気になるからには結果も求めたい。
なら、半端な位置を目標にしても本気じゃない。
目指すなら頂点。
けど、頂点って?
ただの子供の夢なら、それでもいいけど僕のは一生の目標だ。
なら、最初に到達点を決めておきたい。
魔法使いの一番。
国の魔法研究者?
魔法の先生?
思いつくのはピンとこない。
それ以外で魔法を使う人となると……。
「冒険者だ」
冒険者は魔法を使う。
戦いに、探索に、生活に。
強い冒険者は、強い魔法使いだという。
「いいね。固まってきた」
この世界での冒険者の地位は高い。
趣味と実益を兼ねた立場。
理想的じゃないか。
なにせ冒険は大陸唯一の国家が提唱する国是だ。
月明かりに照らされた夜空。
そこに浮かぶ高い、高い、高い、塔。
この大地のどこからでも見える程に高い塔――天塔。
誰だって知っている存在。
かつて小さな島だったこの大陸に、ありとあらゆる恵みと災いを与えた場所。
全ての冒険者があの天塔に挑み、空の果てを目指しているのだ。
「なら、最強の冒険者になればいいんだ」
大言なのは百も承知。
でも、大きな夢を語れないで何が本気か。
恥とか体裁とかはいらない。
夜の冷たい空気を吸って、声にして叫ぶ。
「僕は一番の冒険者になる!」
宣言。
ああ、それだけで胸がすく。
強い鼓動を感じて、握った拳に力がこもって、今にも走り出したい気分だ。
前世の僕もこんなふうに思いきれたなら――。
「夜中にうっせえわ」
「いったあっ!」
後ろからポカリと頭を叩かれた。
かなり痛い。
子供相手に手加減がヘタ過ぎる。
慌てて振り返ると、無精ひげの男が呆れた顔で僕を見下ろしていた。
「近所迷惑考えろ、ばーか」
「父さん」
「ま、嫌いじゃねえけどな。そういう青春の叫び? 若さの暴走?」
き、聞かれていた!?
日記帳を読まれたような羞恥心を感じる。
けど、は、恥じるな。
むしろ胸を張れ。
「わ、悪い!?」
ちょっと涙目になっていたかもしれない。
暗くて良かった。
顔が真っ赤なのはバレていないはず!
「ま、熱いのは結構な事じゃねえの? けどよ」
そこで言葉を切って、孤児院の父さん――アドルは男臭く笑い、武骨な腕で僕を持ち上げ。
「一番の冒険者っつうのは百年早えよ! なんせ俺こそが最強なんだからな!」
獣のように獰猛に笑った。
天塔都市――レイディア。
その最強冒険者ギルド『暁光』のリーダーが宣言するのだった。
ちなみにこの後、夜中に起こされてメチャクチャ不機嫌な院長に『うるさい!』と父子でまとめて叱られたのは二人だけの秘密だ。
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