第1話

 1


「うえええええええええええんっ!」

「やぁぁああああああああああっ!」 

「ひっぐひっぐえっぐ……」


 うるさい。

 耳元で子供の泣き声とかきつい。

 しかも合唱。

 あれか。一人が泣き出したら、他の子にも広がるやつ。

 電車とかバスの中で起きると居たたまれない空気になるんだよな。


 目を開けると男の子が一人と女の子が二人、泣いていた。

 男の子は四歳で、女の子は五歳と三歳。

 どうせ男の子――トットが、三歳の女の子――ティーにいたずらして、五歳の女の子――タリアに怒られて……あれ?


 それなら三人とも泣いたりしない……じゃない。

 なんで、僕はこの子供たちの名前とか歳とか性格を知っているんだ?


 トットは赤髪のわんぱくな男の子。

 ティーは銀髪のおさげをした大人しい女の子。

 タリアは金髪ポニーの勝気な女の子。

 三人とも孤児院で育つ子供たちだ。


「……あれ?」


 なんだなんだ?

 金髪と銀髪の幼女とか知り合いにいるわけない――わけでもない。

 僕はこの子たちを知っている?

 なんで?

 社畜サラリーマンの僕にそんな知り合いなんていないはずなのに、確かに僕の記憶にはこの子たちとの思い出がある。


「カイト!」


 混乱してぼーっとしていたらタリアが僕の名前を呼んだ。


 ……僕の名前?

 カイトが?

 そうだ。うん。そうだった。僕の名前はカイト……なのか?

 え? 社畜サラリーマンの名前がカイトってどんな漢字を当ててたんだ? マジックとかできないよ?

 入社当時の忘年会で覚えようとして挫折した記憶しかない。


「カイト! よかった! 起きた! カイト!」

「うええええええええええええんっ!」

「ひっぐえっぐふえええ……」


 最年長のタリアも五歳児。

 まともなコミュニケーションを望むべくもなし。

 トットとティーに至っては泣いてるだけだし。


 このままじゃ話が進まない。

 とにかく何があったか思い出したいんだけど……そもそもの記憶そのものがわけのわからない状態過ぎて無理。


 この子たちから聞くのがよさそうだ。

 僕はしがみついてくるタリアの頭をポンポンと叩いて、落ち着かせようとしてみる。

 大丈夫だよな。これぐらいで捕まったりしないよな。ダメ? いや、知り合い。知り合いのはずだから大丈夫! 


 小さい掌でポンポンナデナデとしている間にタリアも泣き止んでくれた。

 赤くなった目をこすりながら尋ねてくる。


「カイト、だいじょうぶ?」


 大丈夫かどうかと聞かれればそこはかとなく背中が痛い。

 その時になってようやく僕は地面に寝ている事に気付いた。

 ゆっくり起き上がってみる。

 小さくて短い手足がもどかしい。

 ただ体を起こすだけなのに一苦労だ。


 ようやく起きた体を見下ろしてみる。

 記憶通りの頼りない、幼い体。

 中年男性のだらしないボディではないな。


「僕、どうしたんだっけ?」


 本当に、いろんな意味でどうした?

 記憶が混濁している。

 ショックで混乱しているなんてレベルじゃなく。

 本当の本当に、二人の人間の記憶が混ざって、僕の中で同居しているって、どうなっているんだよ。


「クインだよ! あいつがドンって! カイト、転んじゃって! もう!」


 話しているうちに怒り出すタリア。

 これは戸惑っている場合じゃない。

 彼女をドウドウとなだめつつ、思い出す。


 クイン。

 近所に住む七歳のガキ大将で、やたらと孤児院の子供に絡んでくる奴だ。

 孤児院の近くを遊び場にして、目が合っただけで悪口を言ってくるんだっけ。


「あいつ! 今日こそ父さんに言ってやる!」

「あー、いいよ。やめとこ。ね?」

「なんで!? クインがわるいじゃん!」


 子供らしい正義感と優しさと怒りが交ざった感情。


 タリアの言う通り、孤児院の父さんに言いつければ解決はするだろう。

 父さんの発言力はかなりのものだ。

 というかありすぎる。

 あの人が動いたら絶対に大騒ぎになる。


 それはお互いのためにならないと思うんだ。

 ほら。孤児院って立場は微妙だからさ。

 僕も今は騒ぎに巻き込まれるより、落ち着いて考える時間がほしい。


 どうやってなだめようか。


「んー。クインは口が悪いけど、ぶったりはしないでしょ? 今日もぶつかっちゃただけだよ、きっと」

「えー! でも、カイト、倒れちゃったんだよ!」

「もう起きれるから。ほら。元気元気。トットもティーも泣かないで。僕はへっちゃらだからさ」


 勢いをつけて立ち上がる。

 まだぐずっている二人を構いだせばタリアも手伝ってくれた。

 納得はできていないようだけど、とりあえず矛先はずらせたかな。


「さ、帰ってご飯の手伝いしようよ。ティーは野菜を洗うんでしょ。トットは薪を持ってこれるようになったんだよね。ほら、タリアも急がないと。院長もタリアがいないと困っちゃうよ」

「うん……」

「わ、わかった」

「……なんか、カイトが変」


 年少の二人は役割を与えたらそっちに目が向いてくれたけど、タリアは僕をジッと見つめてくる。

 うーん。

 確かに子供っぽさが足りないか。


「そんな事ないよ」

「そうかなー」


 ムスッとしているタリアに笑いかけると、なんとか納得してくれたらしい。

 タリアはトットとティーの手を引いて歩き出した。

 その後ろを少し離れて僕もついていく。


 ここにいるのは社畜サラリーマンではない。

 孤児院に育ててもらっている四歳児――カイト。


 どうやら僕は生まれ変わったらしい。

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