彼女の旅立ち 8
結局、幾度か止めてはみたものの、断り切れずに泊まることになってしまった。
旅に出たのが昨日だから、何の本も持っていないと謝罪すると、むしろ、『巣立ちしたての図書番ちゃんなんて初めてよ』と喜ばれてしまった。
「このご時世じゃなくっても、女の一人暮らしは物騒でしょう?いくらお店をやっていて、宿の方には雇人がいるといってもね。
だから、家に上げるのは女の子だけと決めているの。」
ミモザはそう言って、宿の裏にある彼女の家に招待してくれた。
こじんまりとした家は、一階は階段と小さな倉庫や水の汲み置きがあるだけで、二階に居間と簡易キッチン、小部屋が一つあった。その小部屋を貸してくれると言う。プライベートな空間は三階にあるそうで、彼女曰く、『寝て起きるだけのつまらない場所』とのことだ。
彼女はお茶と一緒に、ぶ厚いハムと小麦のクラッカーを出してくれる。
「こんなの食べて、いいんですか?」
里ではこういうものを食べることはないし、あるとしたら外から帰った人のお土産くらいだろう。
それを何でもないような顔で自分でも口に運ぶミモザにも驚いた。
「いいの、いいの。まだこの都市は工場もあるし、食料には余裕があるのよ。あなたも門を通ってきたのなら、見たでしょう?
男たちは狩りに行ってくれるし、役人は工場の管理や食料の備蓄をしてくれる。もう少し困れば、配分もね。
残っている女はこうして店や宿、都市の中での人力でのモノの移動を担っているってわけ。
だから、困っている図書番ちゃんを養う余裕があるの。心配しないで。」
手を振る彼女の指には、いくつかの古い指輪があった。
「ああ、これ?」
見ていることに気付いたのか、クスリと笑い、何か考えるようなしぐさをする。
「私も、魔女なのよ。」
里では半数が魔法を使えるので、魔女なんて言い方をすることはないけれど、魔法を使う女という意味ならば、私も魔女になる。里の人ではないミモザは、外では希少な力の使い手なのだろう。
「だけどね、図書番ではない魔女っていうのは、あんまりいいものではないのよ。
私の娘時代は平和な時代だったから、ほんのちょっと魔法を使えたくらいじゃ、ただの変わった子っていう扱いだったし。
それに、今なら今で、そんな大したことのない力でも、魔獣を討伐するために使うのが正義だなんて言って、小さい子でも連れていかれちゃうでしょう?」
力が強すぎては、魔獣を押しとどめる戦力にされてしまう。だから図書番として外に出てはならないと言われたのは、記憶に新しい。
「魔女が大変だってことはよく知っているの。だから、図書番ちゃんのお手伝いをしようと思ったのよ。
ねえ、だからぜひ、しばらくここで私の手伝いをしながら、お世話されてくれないかしら?」
ミモザは器用にウィンクをする。
「じゃあ、お言葉に甘えて、しばらくお世話になります。」
そうして、次の大都市に向かうまでの間、ミモザのところに滞在することになった。
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