彼女の旅立ち 7
ここを出てからすぐの宿屋は支援者が経営していると、倉庫を出るときに役人が教えてくれた。
支援者というのは図書番の活動を主に金銭面で支援してくれる善意の人のことだ。金銭面といっても、食事や物資、宿泊場所を無償、あるいは廉価で提供してくれたり、時間の融通のきく、割のいい短期の仕事をあっせんしてくれたりすることがほとんどだろう。この大変な時に食べ物を分けてくれるのだから、それだけでも精いっぱいの協力なのだろうと理解はできる。
――
それから十分もかからずして、目的の宿屋が見つかった。
一階は靴を扱う商店のようだが、緑の看板、羽ペンのマークという目印は間違いない。数えたところ、五階建てのようだ。おそらく二階以上が宿屋なのだろう。
耳当てをぐっと引き下げて、思い切ってドアを開けた。
「図書番ちゃん!図書番ちゃんだわ!」
大きな声を上げて飛び出してきたのは、白髪でちょっとまるいご婦人だった。美人というよりは愛らしい顔立ちをしている。年のころは七十過ぎだろうか、里ではあまり見ない高齢のようだが、丈の短いピンクのジャケットにたっぷりしたオレンジのスカートは若々しすぎるくらいだ。
「図書番はお好きですか?」
混乱してとんでもないことを言ってしまったと気付いたのは、相手がキラキラした目でこちらの手を掴んできてからだ。
「ええ、だぁいすきよ!」
そりゃあ、嫌いならこんなにべたべたしてくることはないだろう。だが、初対面なのにこの好感度の高さはおかしすぎる。図書番であればなんでもいいのか、あるいはもしかして、図書番しか身に着けることができないこの衣装が、ファッショナブルすぎる彼女の琴線にでも触れるのだろうか。
聞くのも少しためらわれて、強引に話題を転換する。
「ここは図書番の支援者のミモザ様のお店でしょうか?」
「ええ、私がミモザよ。昔はミモザ色の髪だったから、そう名乗っていたのだけどね。こんなに簡単に白髪になっちゃうんなら、ジャスミンとかスノードロップとかにしておけば良かったわ。」
自分の両頬に手を当てて、恥ずかしそうに体をゆする。手を離してくれた隙に少し距離を取る。
店をやっている女性なら、客に本名を知られたくなくて偽名を名乗るのはわからなくはない。美人というよりは、とはいったが、十分、人並みの容姿はしているのだから、身綺麗にして店頭に立っていれば、言い寄られることくらいあっただろう。
「それで、きれいな図書番ちゃん。今日はうちに泊まっていくの?それともご飯が食べたいのかしら?そうだわ、何か新しいご本はあって?」
立て板に水の質問の連続に困惑していると、そうだわ、と笑みを浮かべる。
「全部にしましょう。」
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