彼女の旅立ち 3
翌朝、耳を澄まして獣が近くにいないことを確認し、床下から這い出した。小さい箱の中に入っていたようなものだから、全身ががちがちに固まってしまって、どこもかしこも痛い。それでも無事に朝を迎えられたことを感謝しなければならないだろう。
寝起きに移動はしんどいけれど、あまり安全とはいえない場所でのんびりもしていられない。
水をひと口含み、昨日の靴底みたいに固くて薄い肉も放り込む。何か噛んでいれば目も覚めるだろう。荷物を背負いなおして、廃墟を後にした。
空はすっきりとしない天気のままだ。そもそも、週に一度でも快晴ならばいい方で、ほとんどはこんな、雨も降らない、晴れもしない半端なものだ。過去の記録を見る限り、これも厄災の時代の特徴といえよう。
一時間ほど歩き、周囲を見回すと、魔獣の後始末をしているらしい集団が目に入った。おそらく第四大都市の自警団のようなもの、あるいは都市防衛軍からの出張だろうか。文字の記録と伝聞で存在は知っていても、実物を見たのは初めてなので、どちらなのか判断がつかない。
私はリーダーのように見える中年の男に近づいた。
「こんにちは。」
挨拶すると、リーダーにささっと全身を見回された。武装の有無でも確認したのだろうけれど、彼は服装に安心したようで表情をやわらげた。
「こんにちは、図書番さん。」
大きな耳あてのついた帽子と本のエンブレムが縫い取られた荷袋は図書番だけが身に着けているものだ。こちらから説明しなくても、見かけだけで理解してもらえるのは助かる。
「第四大都市まではもう少しですよね?」
まだ都市といえるようなものは見えないけれど、轍や人の通った痕跡は濃い。この辺りまではおそらく人の優勢な場所なのだろう。
「ああ、二時間もかからないよ。」
彼はそう教えてくれたが、こちらの言いたいことにピンと来たのか、続けて提案してくれた。
「今から向かうところなら一緒に行くかい?もう十分かそこらで用事は済むと思うから。」
むしろ、今すぐでなくて良かった。ちょうどいい休憩時間になる。
「お願いします。」
彼らは笑って、いいよ、と言ってくれた。
荷物がその中身のわりに軽かったとしても、里で多少足腰を鍛えさせられたとしても、終わりのない本当の旅とは違う。
だらんと足を投げ出して、彼らの作業を眺める。
魔獣は大きなオオカミのようなもので、取れるところだけ取って、残りは火で焼いてしまうようだ。安全確保されていない状況で、重たい荷物を二時間かけて運ぶのはリスクが大きい。毛皮、牙、大きめの肉の塊を確保すると、残りはいらないとばかりに道の端に積み上げる。
術者はいないのか、小瓶の液体をかけ、火打石で火をつけた。
「あの瓶は、何ですか?」
「魔獣の脂だよ。よく燃える。」
「そのオオカミからは取れないんですか?」
「削ぐのに時間はかかるし、一頭丸裸にしても瓶一つくらいだからなあ。それなら残しておいて、燃えやすくした方がマシだ。
脂は脂を取りやすい魔獣がいる。」
魔獣に種類がいるのは知っている。魔獣の見分け方は、紫のタテガミがあること、血のように紅い目をしていることだ。
ただ、里には鳥型とオオカミばかりだったから、脂の取りやすい魔獣がどんな魔獣なのかはわからなかった。
火が消えるまでの間、ただぼうっとしていたわけではない。ひとりは血抜きしていたのだろう塊から肉片をフライパンに乗せて炙り、ひとりは持ち帰る戦利品を梱包し、ひとりは記録を付け、そして残ったひとりが私の前であれこれ説明してくれていた。
「俺たちは第四大都市の自警団だ。都市の食料、素材を確保しつつ、成獣を間引いている。子を連れていない大人の魔獣なら、仕返しはそう来ないからな。
ただ、子に手を出すと大変なことになるから、最悪を考えて、俺たちみたいなのがこの仕事をしているのさ。」
彼は明言しなかったけれど、俺たちみたいなの、というのは、小さいこどものいないだろう、あまり若くない男ということだろうか。確かに全員はそんな感じの年齢に見える。
「図書番の嬢ちゃん、ついでだからこれも食べてってくれよ。朝飯はまだだろう?」
一応は食べたけれど、まともな食事ではない。ありがたく頂戴することにした。
熱い鉄のフライパンを持ってきてくれる。湯気の上がる少し焦げた肉を自分の荷物から出した食器で受け取った。
「どうだ、うまいだろう?」
一生懸命食べるさまを、彼らにじっと見られていたけれど、こんな状況でも、おいしいものはおいしい。
おかわりをわざわざ作ってくれていたことに気づいたのは、おなかいっぱいになってからだった。
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