彼女の旅立ち 2

里を出た時は、せいせいした、という思いでいっぱいだったけれど、そんなのはものの一時間で消え去り、次に押し寄せたのは不安だった。

力には自信がある。座学は優秀だった。装備にも当面問題はないだろう。

けれど、それだけだ。

所詮はド田舎の世間知らず。それ以上でもそれ以下でもない。

里の半分は魔法が使えるが、図書番になるものに限定すれば八割がそこそこの強い力を発揮できる。だが、先生が私にさんざん言って聞かせたように、魔獣をどんどん倒せるような奇跡の力ではない。あくまでも、追い払うならば効果的で、相手が激高しているのならばそれすら心もとない。私が倒せていたのは、せいぜいそのくらいの弱い魔獣だった、それだけのことだ。

そんな状況で、楽観的になれるはずもなかった。


最初に目指すことにしたのは、第四大都市だった。

そこは里から近い大都市で、比較的安全な道を二日も歩けばつく場所だ。もともと、新人は先輩図書番に実地であれこれ教わるために、近場の大都市に行くものだ。新人教育以外の重要な理由の一つとして、その都市を放棄する場合に、大事な本を運ぶ人員確保を兼ねている。書籍を守るのが図書番の本回なのだから、どういった経緯であれ、それに倣うのがいいだろう。

たとえ里を放逐された身であろうと、その理由は魔獣から里を守るためで、私個人が罪に問われているわけではない。だから別に都市の出入りが禁止されているわけではないし、ほかの図書番と連絡を取り合っても問題ない。ただ単純に、里にいた人間からは自分たちを魔獣の危険にさらしたと思われているだけのことだった。


空はくすんだ色をしているけれど、雨の気配はないようだ。

踏み固められた道をまっすぐ行けば目的地だが、左右両方に崩れた家の痕跡がある。最近のものではなく、ここ数百年の間にどんどんと集落がつぶれ、少し離れたところにでき、また放棄されたものだ。

少しずつ作りが違うのもそのせいだ。

第四大都市まではいくつか古い、今はない集落の痕跡を見ることができます、それだけで流された歴史の授業のそれだが、実際にそこに生きた人にとっては、そんなものではないだろう。どういう思いでここを捨てたのか、当人か、あるいは同じように土地を離れた人しか知りえないことだ。


食べられもしない木の実が落ちているのは、村は捨てられても、街路樹だけは生き残ったからだろう。

いくつか木の実を拾って歩いた。


初日のキャンプは、崩れかけた廃墟に張った。図書番の荷袋から小型のテントを引っ張り出し、乾いた草と肉を口に放り込んで水をちびちび口に含みながら、気が遠くなるほど延々と咀嚼する。正直、おいしいものではない。単純に栄養を補給するだけの作業だ。

荷物は運びやすくなっても、食事情だけはどうしようもない。荷袋に入れたものは時間が止まるわけでも遅くなるわけでもなく、ごく普通に劣化していくからだ。

缶詰や保存食があればいいのだろうけれど、大都市ならともかく、僻地でそんなもの、希少すぎて手に入らない。缶詰というのは、大都市に行くなら、ぜひ一度食べてみたいものだとは思うけれど。

雨が降らないことに感謝しながら、夜は床下収納の上にテントを移動し、自分は床下収納の中に身を隠し、その日は眠った。

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