彼女のいない日常 3
厄災の時代といっても、里から出ない生活だと平穏にさえ思える。たまに魔獣の襲撃がある程度のことで、作物に被害が出なければ、外から帰った人から話を聞くくらいのものだ。
それは、この村が電気や物流といったものがあまりないからだろう。電気はちょっとだけ使っているけれど、冷やすための冷蔵庫や遠くと話をする電話、移動するための電車なんていう便利なものはない。里の外に比べて魔法を使える人が少し多いけれど、それは代わりというほどのものではなく、おそらく外の大都市から来た人からすると、不便に思うだろう。ただ、大都市を放棄して外に行ったなら、こちらの暮らしのほうがましに思えるだろうか。
その日の夜も、こどもは寝るようにと言いつけた大人たちが、部屋の真ん中にある明かりの周りに集まっていた。暖房を兼ねた明かりなので夜じゅうついているけれど、もう遅いので光量は絞ってあった。何人もの大人の姿が影絵のように浮かび上がっている。
「第六大都市は放棄されたそうだ。」
まだ若い声だ。自信はないけれど、多分、部屋の準備を手伝ってあげた図書番のリクさんだろう。
出入りは禁止されていないので、話し合いに参加しているのは同じ部屋で寝起きしている人とは限らない。おそらく外の話を聞きたいと言った誰かに呼ばれたのだろう。
「電話はもう、第二大都市と第四大都市、その周辺でしか使えないね。電車も減便だそうだ。それも、もってあと五年かそこらだろうが。」
電話も電車も使える場所なんてすごい。リッカちゃんは、電車に乗れるのだろうか。自分が外に出られるまで、使えるのだろうか。
「電車を運行するなら、護衛が必要だろう。まだ装甲車は使えるのか?」
聞こえてきたのは、自分の父の声だった。普段は馬鹿なことばっかり言っているのに、賢いことも言えるのだと妙に感心する。
「前線に必要なのはわかるけれど、都市間の移動ができなければ、兵士や住民の移動もできないから、市長たちも悩むでしょうね。」
だんだん眠くなってくるので、誰が誰だかわからなくなってくる。
「前回までの状況からすると、電車はもっと長く維持しておきたいものだな。」
「そうね、移動が安全で速いのは助かるもの。襲撃されたとしても、電車が途中まででも動いていれば、救援が間に合うかもしれないし。」
「だが、維持するコストは莫大だぞ。例えば里の設備ではこんな暖房ひとつだって各家庭に置けないじゃないか。」
家にあるなら、わざわざ移動する必要はない。
「もっと効率のいい道具があればいろいろと助かるんだろうが、物資がなきゃ研究者も仕事ができないからな。」
「あと四十年ばかりの辛抱、っていったって、私たちはその頃、生きていないでしょうしねえ。」
ふふふ、と笑う声が聞こえる。
自分もその頃は、どうなっているかわからない。ふと、そんなことを考える。
図書番になったとしても、もう引退しているだろうか。それとも必要な場所に喜ばれる本を運ぶ仕事を頑張っているだろうか。
魔獣のいない世界はどんな感じなんだろう。きっと見たこともないごちそうや面白い遊びだってあるんだろう。
不安の後に、とりとめのない楽しい夢が続く。しばらく妄想にふけっていたけれど、そのうちに眠気に負けてしまった。
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