彼女のいない日常 1

リッカちゃんがいなくなってから、平穏な日々が続いた。

収穫はすべて終わり、いつも通りの冬支度がゆっくりと始まっている。雪は多くないけれど、雪で足音を隠して近づく魔獣はいるし、山に食べ物が減れば魔獣は降りてくる。訓練で石塀の外に出ることも危険とされ、これから春まではお預けだ。

暖房が必須の時期は長くないが、もっと寒くなればまだ本の入っていない大きな書庫が冬場の仮住まいになる。各家庭に燃料を焚くのは効率が悪すぎて、薪の準備ができないのだ。書庫はすべて学校の近くにあるので、冬季は授業が少し早く終わり、生徒がその仮住まいの書庫の掃除や寝泊まりする準備をすることになっていた。

「皆さんの家族もここで暮らすのだから、念入りにね。」

先生は手抜きをする下級生に目を光らせている。どの部屋も冬以外は締め切っているので、ほこりがすごい。きちんと掃除しておかなければ自分が困るとわかっているから、上級生は真面目に作業している。

書庫は全部で三十棟近くあるが、そのうち、仮住まいにできるのは四棟ある。各書庫には十部屋ほどあるので、八十人の生徒を総動員しても一日一棟掃除するのが精いっぱいだ。一部屋には四家族くらい割り当てられるので、およそ二十から三十人が詰め込まれることになる。一棟であたり二百五十人ほどだろうか。それ以外にもう一部屋、書庫として使われる場合に受付が使う控室が開けてあり、外に出ていた図書番が冬越しのために里に帰ってくる場合に使うことになっている。もちろんここも掃除の対象だ。

来週にはほとんどの人間が四棟の建物に収まり、あとは里長の館と東西南北にある見張り用の大きな家に残る程度だろう。

煮炊きをするのは別棟のキッチンで、仮住まいの書庫ができるだけ汚れないよう配慮してあった。


部屋の掃除を始めた日、外に出ていた図書番の一人が里帰りしてきた。彼は十年ほど前に里を出た人だったけれど、冬は二年か三年に一度は里で過ごしているので、顔は見たことがあった。二年前に家族がなくなったので、今年は最初から書庫で過ごすつもりだという。

ほかの部屋の掃除をしていたけれど、今日から住む彼の部屋の準備が優先だ。いくら大人でもひとりでは大変だろうと手伝いを申し出ると、とても喜んでくれた。

彼は自分とよく似たデザインのボレロを着ていた。彼だけではなく、帰省してきた人の服装は私たちと見分けがつかない。部屋で過ごすとき以外は首を隠すような帽子に大きな耳当てを付けているのも同じだった。

外にはいろんな服があるのに、里の頃と格好のままでいるのはなぜかと聞くと、外でも図書番と分かるようにするためだという。都市を去ることになる人が、紛失の恐れのある資料を図書番に預けるのはよくあることなのだそうだ。

「この間、まだ若い子が第四大都市に来ていたんだけれど、珍しい時期の旅立ちだと思ったよ。」

一通り拭き掃除が終わり、スノコのようなものの上に余剰の布団を敷いていたが、思わず枕を投げてしまったのは仕方ないのだろう。

「名前は聞きましたか?リッカちゃんでしたか?」

目を細めて笑いながら、彼は答えてくれる。

「友達かな。たしかに名前はリッカだったと思うよ。」

彼は部屋を片付けながら、彼女と会った時の話をしてくれた。サラサラの金髪に碧眼の、まだ十四、五歳の美しい少女の話を。

いわく、旅立ってすぐだったからか、希望いっぱいで楽しそうに過ごしていた。ほかの図書番がこれまでどんな本を集めたか興味を持っていた。残る全部の都市も回ってたくさんの本を集めたいと言っていた。

「でも、不安がないわけじゃないだろう。自分が世話になっていた人の家を紹介したけれど、うまくやれただろうか。」

図書番は自分で稼ぎながら書籍の収集や運搬をするので、生活を維持するのは容易ではない。そのため、どうしても支援者の手を借りなければならない。

支援者になるのはその都市の有力者だったり、ただの善良な市民だったりする。しかし金銭、住まい、仕事などを融通してもらっても、図書番が返せるものはほとんどない。同じ相手を頼ってしまうのは、悪人に引っかからないために図書番同士で情報を共有するためだった。

「ああ、そうだ。ニナという子にこれを渡してほしいと頼まれていたんだけど、きっと君のことだよね?」

話の最後で手紙を預かっていると言われ、便箋で口を縛った小さな袋を受け取った。

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