魔女の旅
彼女の旅立ち 1
先日の事件は、ゴシップの少ないこの里ではあっという間に広まってしまった。
おかげで、旅立ちの直前には、まるで早く出て行けと言わんばかりの対応で、両親からもあまりいい顔をされなかった。
それでも両親は必要なものを買い与え、荷造りを手伝ってくれた。一応は血を分けた娘だから、周囲の目があるから避けていたとしても愛情はあるのかもしれないし、準備を手伝わなければ里から出ることはできないからかもしれない。
いずれにしても変えることのできない故郷に、これ以上愛着を持っても仕方ない。
ニナは何かを言いたそうな顔をしていたけれど、きっとこの本性に気づいたわけではないだろう。
単に、何かおかしいと思ったのか、そこまですら察せずに心配をしてくれたのか。
一応は友達をやっていたのだから、彼女のことが嫌いなわけではない。
世話を焼くのは妹ができたみたいで楽しかったし、なついてくれるのは可愛かった。ただ、それだけだ。
二週間の猶予ぎりぎりまで荷物を厳選した結果、里長からもらった荷袋には、私物や旅に必要な物資が収まっている。残るは今夜と朝使う身の回りのわずかな品だけだった。
多くの私物は置いていくことになった、例えば今着ている寝間着は持っていけない。こんな時代だから、旅先では家で着ているような寝間着は着ていられないからだ。同様に、裁縫の練習を兼ねてみんなで作ったぬいぐるみや趣味の楽器などは、いくら荷袋や『パッケージ』があるからといっても、持っていく余裕はなかった。
まだ厄災の時代は残りのほうが長く、年を追うごとに厳しくなるのはわかっていたからだ。
「お父さん、お母さん、これまでありがとうございました。」
今になってお母さんは泣きそうな顔をしている。まだ早い、と言いたかったのだろうけれど、朝になればすぐに発つ。ゆっくり話ができるのは、これが最後だろう。
無言でしばらく過ごした後、ありきたりの言葉を返してきた。
「体に気を付けて過ごしなさい。」
まるで怒ったような顔をするお父さんは、それすら思いつかなかったようだ。それでも何か言わなければ、と思ったのだろう。
「元気でやりなさい。」
それがまともに両親と話した最後だった。
日の出よりも前に家を出る。
朝になれば野次馬たちがあれこれとろくでもない噂話をしてくるとわかっていたからだ。
どうせ出てくるのがはぐれ魔獣なんだから、夜明け前に出立したところでたいした問題はない。だったら早く出たほうが気が楽というものだ。
荷物を背負い、首まで隠す特徴的な帽子をかぶる。大きな耳当てがついているそれは、里の人間だと公言しているようなものだけれど、正直、しばらくの間とはいえ、ここを出た後も里の人間として扱ってくれるのは助かった。
里は他とは隔絶した場所だ。最低限の読み書き計算や地理は教えられているけれど、外で暮らしていれば当然知っているようなことを私たちは知らない。しかし書籍を無償で収集し、保管し、必要な時に無償で提供する図書番は、その一点においては、ほとんどの都市民からすれば恩人になる。そんなわけで、『図書番』に対して親切にしてくれる人がいるというわけだ。
先のことに気を取られていると、見送りの人影がちらほらあることに気づいた。
それに混ざってニナも遠巻きにこちらを見ている。
空いている右手を上げ、定番の別れの挨拶を口にした。
「それでは皆様、いつか女神の本に刻まれる日まで、お健やかにお過ごしください。」
「あなたにも、女神のご加護がありますように。」
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