彼女と嘘 5

バチバチと火花が弾けるたびに、小さな羽虫が焦げて落ちる。

そのいくつかはもっと遠くに、細いいかずちとなって落ちる。

飛ぶ鳥は巻き込まれ、獣は焼かれ、這うものは薙ぎ払われる。

それは魔法の暴走だった。

女神の力の切れ端だと言われる魔法は、感情に左右される。

強い意志で扱わなければ大事なものまで傷つけてしまうほどに。

彼女の大事なものは、図書番になりたい、外の世界で役に立ちたいという強い願いだった。

それが壊れた時から、きっとこうなってしまっていたのだろう。

いや、それ以前からかもしれない。

「もしかして、リッカちゃん、外に出たかったのって……。」

魔法は無制限には使えない。打ち尽くせばしばらくは空っぽになってしまうものだ。

もし彼女が強すぎる力を持て余し、制御ができなくなってしまったのなら、定期的に全部、里の外で使い果たすまで打ちっぱなしにしていたのかもしれない。

ある程度まで減らせば制御できたのならば、練習の前にどこかで使っておいて、練習では制御して見せていたのかもしれない。

外に出れば加減なんて必要はない。


このまま里にとどまってこんなことを続けられるはずがないと、彼女自身が一番わかっていたはずだ。

「やりたくてやってるわけじゃないのに。」

遠くから迫る影を彼女が視界におさめた時、それはまるで天罰でも受けたかのように撃ち落とされる。

駆け寄る影に彼女が気付けば、足音の聞こえる前に薙ぎ払われる。

それはきっとこれまでに繰り返された光景だったのだろう。

しかし獣ではなく魔獣と呼ばれる理由は、ただの強さによるものではない。

「逃げなさい、あれは、倒せない。」

まだ朝だというのに、あんなに晴れていたはずなのに、周囲が薄暗くなる。

先生が見上げていたのは、空を染めるほどの大群だった。


逃げるといったってどこへ。

けれどきっとあれを追い払えば何とかなるのだろう。

いくら復讐するといったって、あれだけの群れが半壊したならばしばらくは来ないはずだ。

「先生、数だけが問題なの?」

「何を考えているの?」

「このままじゃどのみち、助からないでしょう?先生は離れていて。無理だと思うのなら、里で避難でも呼び掛けていればいいわ。」

その日、初めてリッカちゃんは手を組んで、意識して群れを見つめた。

危ないから、と先生に手を引かれ、その場を離れた。


石塀のすぐそばで、崖の端に立つ少女を見守った。

一匹だって牛をとらえて持ち去るほどの恐ろしい魔獣が、百や二百は空を舞う。

彼女が雷の魔法で撃ち落としてしまったのが、きっと幼い鳥型の魔獣だったせいだろう。

「お願い、死んで。」

確かに聞こえたのは物騒な言葉だけれど、生き残りをかけて戦うのだから、それは当然の願いなのだろう。

次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの光が落ちる。

手を庇にしても目が眩む。

魔獣のいる場所までは離れているというのに、耳が痛い。

視力が戻った時には、魔獣は半分も残っていなかった。

生き残りは彼女を牽制するかのように大音声で喚く。

けれど彼女が細い腕を前に伸ばした時には、すでにその姿はなかった。


「先生、終わりました。」

静かに彼女が報告すると、先生は顔色を失っていた。

「リッカ、あなた、そんな。」

「きっとあれは私を追いかけてくるんでしょう?」

泣きそうな顔で彼女は言った。

「幼い魔獣を倒せば親が復讐に来るっていったって、勝手に魔法が魔獣に当たるのに、加減なんてできない。そんなつもりはなくても、たくさん殺してしまう。

これで諦めてくれればいいけれど、そうじゃなかったらどうしよう。

先生だってこれ以上を倒すことはできないでしょう?」

収穫の終わった畑を埋め尽くす真っ黒に焦げた残骸を示す。

そして、収穫の日に見たのと同じ顔で、彼女は笑った。

「もう、里にはいられない。」

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