彼女と嘘 2
リッカちゃんは学校に行ったり行かなかったり、行ってもすぐに帰ってしまったりを繰り返しているらしい。
けれどリッカちゃんの様子を見に行ったのは、結局だいぶたってのことだった。気にならなかったわけではないけれど、それ以上に、すぐに行かなかったせいで、行くきっかけを失ってしまっていた。
仲が良かったはずなのに、学年の違うリッカちゃんのことは放課後の勉強会に出て、将来の夢が近くなるたびに遠くなってしまい、リッカの様子を見てほしいと憔悴しきった様子の彼女のお母さんにお願いされて、初めて、事の重大さに気づいた。
その日は放課後の勉強会には行かず、学校が終わるなりすぐに向かった。おなかが空いているでしょう、と言われ、キッチンに案内され、二人分の皿を置いてリッカちゃんのお母さんは出て行ってしまった。
出してくれたのは、トウモロコシを引いた粉をといて、野菜とジャガイモ、卵なんかを混ぜてフライパンで焼いたものだ。名前なんてあってないようなもので、混ぜパンとかおかずパンなんて呼ばれているけれど、パン種は使わないので、厚みはない。
基本は塩味だけど、スパイスや具材の組み合わせによって、その家の味というのがある。具材はいろいろで、野菜や肉やジャガイモなんかを入れればご飯になるし、ドライフルーツを入れればおやつになる。具なしで塩を控えめにしてジャムと一緒に食べるのや、肉や肉入りのソースと食べるのも好きだ。
皿の中をしばらく見た後で顔を上げると、リッカちゃんとやっと目が合い、彼女は初めてこちらに気づいたような顔をした。
「冷める前に食べよっか。」
リッカちゃんがぽつりと呟く。毎日こんな様子じゃ、家族も心配するだろう。
彼女はさっきから、何度も窓の方に目を向けている。
リッカちゃんの家の窓からは、里を囲む石塀が見える。苔生して古いそれは、きっと始まりの英雄と旅をした聖女が来た時から同じようにあるのだろう。
あの向こうに行けるのは、今は魔法の訓練の時くらいだ。
リッカちゃんのお母さんが心配していたよ、なんて言えるはずもなく、しばらく混ぜパンをちぎっては口に運んだ。必要以上に小さくちぎっていたのは、食べ終われば間が持たないからだった。
勝手に帰るわけも行かないだろうから、彼女のお母さんが帰ってくるまではここにいるしかない。
混ぜパンが残り半分もなくなった頃、覚悟を決めて声をかける。
「あの、リッカちゃん。」
視線の先に遭った彼女の手が止まり、食べかけの混ぜパンが皿の上に置かれる。
「どうしたの、ニナ。」
声は固いし、なんだか暗いけれど、返事が返ってきたことに安心する。
いつもきれいにしているきれいな金髪は、寝ぐせの取れないまま肩に落ちている。クマの消えない顔は、きっと毎晩悩んで眠れないんだろう。
「最近、どうしてるの?」
「最近?何もないよ、なんにもね。」
「もしかして、体調でも悪い?何か、心配なこととか悩みとか、あるなら、私でよかったら聞くよ。」
成績もいまひとつ、能天気な年下に何を相談するというのだろう。自分で言いながら、ありえないな、と心の中で首を横に振った。
せめて馬鹿にして笑ってくれればいいのに、かわいそうな子を見るような目で見つめてくる。それからすっと視線を外した。
「ニナに相談することは、特にないよ。ありがとうね。」
退屈そうにそう言うと、また窓の外ばかり見てうつむく。気晴らしでもできれば違うだろうか。
「今度、遊びに行かない?」
唐突すぎる誘いに、露骨に警戒されてしまった。さすがに考えなしだったとは思うけれど、最近の接点が少なすぎて話題がない。
話を聞くと言ったって、何を言ってもまともな返事がないのだから手詰まりだった。
「あの、ね。」
話しかけたのはいいけれど、何を言うのかまだ決めていなかった。
放課後の勉強会の話をしようかと思って、それだけはだめだと気付く。あれは外に出る図書番志望の子が参加するもので、外でどうやって仕事をすればいいかを教わる場だ。
ぐるぐると頭の中でいろんなことを考えて、そうだ、と思って口を開いた。
「里でも図書番の仕事はできるんだって。リッカちゃんも書庫に行ったりするでしょう?あそこの人も図書番だよ。」
どこか遠くを見るような目で、そう、とだけ言った。
「いつか私が持ってきた本も、リッカちゃんが……。」
そう言いかけて、はっとした。
思わず飲み込んだ言葉は、止めるには遅すぎた。
見る見るうちに歪んでいく表情を、何と言って慰めればいいかもわからない。
リッカちゃんは里で図書番の仕事をしたかったんじゃない。図書番だったらなんでも良かったんじゃない。
いっそそのまま怒って、言い返してくれればいいのに、しばらく無言でうつむいた後、まるで気にしていないような『いつも通り』の顔を向けてきた。
「そうだね、図書番の仕事は、外に出ることだけじゃないよね。」
だけど、私がなりたいのは――その言葉は結局言わないままで。
「心配しないで、学校には行くから。」
安心しなよ、と笑っていた彼女の様子はどこかおかしいようで、でも何がおかしいのか、その時の自分にはわからなかった。
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