彼女と嘘 1
放課後、昨日約束した通りに教室に残っていると、先生は疲れた顔で戻ってきた。
きっとリッカちゃんのことだろう。
言い争っているのは聞こえたし、ほかの子によれば、絶対に図書番になると言って教室に戻らなかったらしい。
先生に言って今日の話はまた明日にしてもらって、リッカちゃんのところに行った方がいいだろうか、とも思ったけれど、そっとしておいてほしいかもしれない。きっとリッカちゃんなら大丈夫だろう、だって私よりもずっとお姉さんだし。
――そんなふうに自分に言い訳して、自分は考えることを後回しにしてしまった。
「あの年頃の子が聞き分けがないのは、ある意味ではいいことなんですけどねえ。向上心は、あるわけですし。」
「向上心?」
「頑張り屋さん、ってことですよ。」
それはよくわかる。リッカちゃんはいつも、図書番になって、いつか里に世界中の本を集めるのだと言っていた。それでいつでもほしい人がほしい知識を手に入れられるようにするのだと。
「厄災の時代の図書番には力が必要だからって、リッカちゃん、頑張ってたから。」
毎日学校に行く前にも鍛錬していると言っていたし、生まれつきの力が強いことも喜んでいた。強くなるのに努力と才能がいるのなら、リッカちゃんは両方持っている。
「なんで図書番になっちゃいけないんですか?」
「里で、本を管理する図書番になるのは構いませんよ。ほら、書庫の管理人さんも図書番でしょう?」
そういえばそうだ。これまで里の外と出入りをしない書庫の管理人や補修の技術者を図書番という目で見たことはなかったけれど、そうした仕事は学校で図書番の勉強をした人だけが就けるものだ。図書の番をするという意味では図書番だ。
「だからリッカには、外に出るのではなくて、里の守りをしながら、書庫の本を守る仕事をしてほしいの。
そうしたら外の町で力を使って、兵士にされることもないでしょう。里にいたって、先の時代に本を残す役には立てる。そう言ったのだけど……。」
先生は沈んだ顔で頭を抱えた。
「どうしても、憧れっていうのは捨てられないのでしょうね。」
「私も、今度リッカちゃんと話してみます。」
「そう、そうしてくれると助かるわ。」
先生は疲れた顔で、けれど笑ってくれた。
そのあとは、ちょうどよい機会だから、と言って、外の世界に出た図書番の話をしてくれた。
「学校を出ても、半年くらいは里で勉強をつづけながら、書庫や補修の仕事を手伝ったり、畑を手伝ったり、魔法の訓練をしたりする子がほとんどです。
普通だと、今話しているようなことを教わる時間がないから、卒業後に先輩から話を聞くわけね。」
普段は読み書きなどを覚えた後も、地理や地形、気候や移動手段をはじめ、書籍の扱いやどういう本を優先して収集するかといったことや、収集するための金銭や交渉をどうするかなど、学ぶことが多すぎる。
「そのあとようやく、外に出るわけだけど、厄災の時代は特に、今ある本や資料を守らなければならないから、大都市を中心に活動することになる。
どうしてかわかる?」
「たくさん本がある場所だから?」
「そうね、だから、都市を放棄するときに、残された本や資料を都市から持ち出さなければならないの。」
そう言って、昨日も見せてくれた地図を開く。
「第二大都市はもう放棄されてしまった。残る都市は九つ。まだきっと四十年近く続くだろうこの時代に、どこがどれだけ持ちこたえられるかわからない。
だから新人は残った都市に行って先輩に教わりながら、いざというときは一緒に本や資料を持って逃げるの。だから、大都市に行くわけね。」
たとえばここ、と示したのは、第四大都市。
そこはほかに比べると里から近いが、それでも何日かかかるだろう。
「近い大都市に行き、少し慣れてきたら、ほかの大都市への本の移動を請け負って出るの。里にない本があったのなら、それを持って里に帰ってきたりとか。
そうして移動しながら、古本屋などに希少な本が残っていれば、それを買い上げて保管したりするの。
でも、その費用は自分で捻出しなくてはならないので、最初は難しいでしょうね。
図書番は雇われてする仕事ではなくて、里の人間の使命みたいなものだから、無償労働のようなものだもの。」
一応は引退時に後輩のためにと積み立てた資金があり、図書番として旅立つときの装備や餞別として渡される。けれど毎月、あるいは毎年の支給があるわけではない。自分で日銭を稼ぎ、それで生計を立てながら、本の移動や収集をするのだ。
「大都市であれば、図書番がどういったものかを知る人がいるので、その点でも過ごしやすいの。
寝るところを貸してくれたり、持っている本の写しを渡す条件で食事も出してくれたり、仕事のあっせんをしてくれたりだとか。
だけど、本を奪おうとする悪い人もいるから、ちゃんと先輩から大丈夫な人を教えてもらったり、どうやって見抜いたらいいかを教えてもらったりするのよ。」
まだ旅に出るのはずいぶんと先だろうに、ほかにもこまごまとした注意をいくつかしてくれた。
それ以降は週に二、三日、放課後に話を聞くことになったが、半月過ぎたころ、気付いたらほかの子も参加するようになっていた。
誰が言い出したのかわからないが、それは放課後の勉強会と呼ばれるようになった。
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