彼女と図書番の里 4

翌日はきちんと、居残りで先生に教えてもらうことがあるのだと説明してから学校に向かった。

授業で習うことは主に三つある。

生きるための技術、生きるための体力、それから個人の長所について。

技術はサバイバル訓練から小金の稼ぎ方まであるし、体力はおよそ逃げるために鍛えるので終わりがない。個人の長所とは、生まれ持った魔法などがあればそれ、なければ何かをこれから探して磨くことになる。

私にはこの町の半数がそうであるように魔法の才能があったけれど、まだうまく使えるものではなかった。


魔法の訓練は二日に一度、能力のある生徒全員が合同で行う。

里の周囲の石塀を越えてすぐに広がる広い空き地を練習場に、いくつかのグループに分かれて、新入生から上級生、予定が合う新人図書番も一緒に訓練する。

似た能力の生徒が教えあうことができるし、何より監視役に里の大人が何人も手伝いに来てくれるので、まとめてやった方が効率がいいからだ。

生徒の中で一番の有望株は、最終学年の十四歳のリッカちゃんだった。

家が近い、親の仲がいい、ほかいろんな理由で小さい頃から仲良くしてくれたお姉ちゃんだ。

つやつやのストレートの金髪に、誰もが思わず見とれるほどの美人。目が合うとにっこり笑いかけてくれる藍色の瞳。前髪を上げているせいで、いかにもお姉さんっぽく見えるのかもしれない。

友達と言いたいけれど、一方的に面倒を見られているせいでなかなかそういうには恥ずかしいくらい、憧れのお姉ちゃんだった。

「ニナ、最近はあんまり遊んでくれないのね。」

こうしてみると、身長はそんなに違わないようにも思う。

「リッカちゃん、その、ごめんね。」

「まあいいわ。」

そう言って肩をすくめ、図書番になるには、魔法がうまくならなくちゃならないもの、と言う。

それは確かにそうだ。生徒で一番だというリッカちゃんもまだ自信がないのなら、その半分も使えない自分なんか、もっとまじめに訓練しなければならないだろう。


訓練といっても、ほとんどは自分が使える魔法を撃ち出しての的当てになる。できるだけ遠くから、正確に当てることを競う射撃ゲームだ。

最初は楽しいと思ったし、そのあとは小さい動物を狩るのには便利だと思った。でも、最近は魔獣を倒す練習もしない、同じことばかりの訓練がつまらないと思っていた。

でも、昨日先生が言ったように、追い払うことが目的ならば納得できる。先生が強いか弱いかは置いておいて、自分のような平凡な力しかないのなら、生き残るのにそれが役に立つのはわかる。

五十メートルくらい離れたところにある、両手を広げたくらいの的を目掛け、氷の針のようなものを撃ち出す。

弓と違って、当てるだけなら筋力はいらない。動かない的を狙って充てるのに必要なのは、必ず当たるという気持ちで、道をそこまで引くことだから。

最初の一回を当てるのは、当たるイメージがないから大変だった。でも、一度でも当てられたなら、次は当たるかもしれないという気持ちになる。そして練習を重ねれば、当たるのは当たり前になる。

「もうこの距離は完璧だね。」

だから上達するには、信じて褒めてくれる友達がいるのが重要だった。

「うん。もう外さない。」

リッカちゃんは一度当てるだけで、一回当てたからもう大丈夫だよ、と言ってくれた。だから次も当てられる。



――


「リッカ、次はこちらで、あなたもやってみなさい。」

先生が遠くから呼ぶ。

リッカはひとり、崖の上に立つ。視線を上に向ければ、はるか向こうには影がいくつか見える。

距離があるせいで聞こえてはこないが、あれらは飢えれば人をおびやかす鳥だ。爪がかかれば牛だって連れて行ってしまうくらいの膂力。ただの人がどうにかできる存在ではない。武器を使ったって簡単に落とせる相手ではない。


けれど――


彼女は手を組んで、一審に女神に祈った。

途端、目を灼く白が天から真っ逆さまに奔り、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が鳴り響いた。

同時に、おぞましい、ギャアアアというざらついた悲鳴。

それを目撃した誰もが息をのんだ。

あれは倒せないはずのものだ。

あれは人に手の出せないもののはずだ。

それを、まだ十四歳の少女が倒した?

「リッカ、あなたは里を出てはなりません。」

「どうして?どうしてですか、先生。」

「外で力を使ってはならないからです。」

「でも、倒せました。倒せたじゃないですか。」

「だからですよ。わからないの?あなたは使い捨ての兵士になりたいのではないでしょう?」

「え?」

「あれを狙うように言ったのは、仕留めそこなっても、私がどうにかできるから。

外の世界ではあれよりももっと強い恐ろしい魔物がたくさんいる。

図書番として向かおうとも、強い、力があると囃し立てられて、きっと前線で遠からず命を落とすことになる。

あなたのような子は、決して、自ら戦うようなことはしてはならないの。」

リッカは唇をかんでうつむいた。

これまで憧れていた図書番に、力がありすぎるからなってはならないと言われるなんて、思ってもみなかった。

「先生!私は!」

険しい顔をした先生は、彼女をじっと見つめ、言い含める。

「リッカ、失ってからでは、遅すぎるのですよ。」

しかしまだ若すぎる彼女がその意味を正しく理解することはなかった。

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