彼女と図書番の里 2
規定通りの八歳になって、ニナは里の学校に通い始めた。
里とはいうが、全人口は約千人、学校はひとつだけだが、通う子供は百人ほどいる。十四歳になるまでの間に、一般のこどもが学ぶ程度のことや基礎体力をはじめ、里での生活を支える仕事か図書番について、あるいはこの里を出る子の場合はそのために必要なことまで学ぶ。
里に残って図書番以外の仕事をする者もいるけれど、図書番について学び始めるまでは同じように勉強をする。
進路を決めるのは十二歳。ニナにも図書番の勉強をする日がやってきた。
カツカツと、チョークが黒板をたたく音が響く。
白髪交じりの髪をお団子にして額をさらした先生が振り返った。
並ぶ生徒は八人。十五人の同級生の中で、図書番の道を選んだのはおよそ半数だった。
「この世界には、ほかの人とは違う力、魔法を使える人が、およそ一割いると言われています。
ただ、私たち図書番の里の人は、その割合が圧倒的に多いのです。
なぜか知っていますか?」
先生はそう言って黒板の数字を指して質問する。
普通の人は一割、私たちは五割、それは誤差や特徴というには圧倒的に違いすぎる。
「はい! 女神様を起こした英雄様が、図書番の里のご先祖様だからです!」
「そうですね、でも、ちょっとだけ違いますよ。
私たちのご先祖様は女神様を初めて起こした英雄、ではなく、英雄を女神様のもとに導いた聖女様です。」
この世界では五十年ごとに女神の眠る厄災の時代と繁栄の時代が繰り返す。
女神の眠る間は魔物が人里を襲い、天変地異が起き、そして女神の起きている間、魔物は鎮まり、天候に恵まれるからだ。
女神を目覚めさせるのは特別な人間で、女神に拝謁したふたりのうち、ひとりが女神を目覚めさせ、もうひとりがこの世界に緑と平穏をもたらすのだという。男は英雄、女は聖女と呼ばれるが、どちらがどちらの役を担うかは、時代によって異なるが、その最初の一組のうちの片割れである聖女が、この里の始祖になったのだと伝えられている。
「先生、それじゃ、英雄様は?」
ほかのこどもが不思議そうに尋ねる。聖女がこの里のご先祖様ならば、英雄はその後、どうなったのか。
「英雄様は女神様を起こしてくれましたよ。」
先生はそれ以上の説明はせず、ニコッと笑って授業を進めてしまった。
ニナは放課後、里の書庫で本を探していた。
ここは第一書庫と呼ばれる場所で、いくつもの大きな倉庫が連結されていて、なけなしの電気で空調を賄っている。
ニナの背よりもずっと高い本棚が並び、目録だけでも一千ページを超える。
ここはこの世界で最もたくさんの書籍が出番を待つ場所だ。ここになければ第二書庫、そこになければ地下書庫、それでもなければ禁書庫。禁書庫の閲覧許可は出ないだろうけれど、仮にそこにもないのなら、もうこの世にはないと思っていいだろう。
里の生徒であることを確認され、利用用途を聞かれるのは、貴重な書籍を守るためだと理解していても面倒なことに違いはない。
寄り道で関係ない本をパラパラめくりながら、二つ目の倉庫に入ってから何冊目かを手に取った時。
「あ、あった。」
古い言葉と見慣れぬ書体。背表紙に書かれたタイトルは『始まりの英雄について』
授業ではぐらかされた質問の答えを探していたのだ。
古い言葉と書体に難儀しながら読み進めると、英雄の末路が記されていた。
――
『始まりの英雄について』
女神を目覚めさせることができるのは人間だけである。
繁栄を望んだのが人であり、その代償として同じだけの年月の厄災を受け入れることにしたのもまた人間だからである。
後世に向けて、これを記す。
得られた繁栄の時間を無駄にすることなかれ、すべては代償あってのことなのだから。
女神は人のために眠り、人のために目覚めるのだと。
女神を目覚めさせるものが英雄や聖女と呼ばれるのは、その行いによるものではなく、その覚悟ゆえである。
死の床で眠る女神に命を与えるのは同じく命だけ。
英雄は女神に命の火を渡すものである。
始まりの英雄は婚約者とともに女神の眠る虹の谷に向かい、彼女を残して谷底に身を投げた。
彼女には女神から奇跡の力を与えられ、それによって世界は再び命のあふれる大地を取り戻した。
彼の子を宿した彼女は役目を終えるとき、この旅と過去の記録を残すため、古い人の残る地に赴き、子にすべてを受け継いだという。
それが図書番の始祖となったと言われている。
――
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