僕は私は本屋に通う、貴方に会う為に。
文月 和奏
本屋喫茶「novel」
「まいったな……傘を持っていない時に限って雨が降るんだよな。天気予報のお姉さんも当てにならないな」
バケツの水をひっくり返したような雨に見舞われた青年は、一人がギリギリ雨を凌げる大木の下、テレビでしか見たことがない天気予報のお姉さんへと愚痴をこぼしていた。
彼の名は「
学校が終わり、歩き慣れたいつもの繁華街を抜けた後、狙ったかのような大雨に見舞われたのであった。
「ここじゃ雨風を凌げないな、どこかで雨宿りできる場所を探すか……うん? そういえば、繁華街の外れに喫茶店が在ったような……いい機会だし、コーヒーでも飲んで雨が止むの待たせてもらおうかな」
彼の目の先には、モダンな佇まいの一軒の喫茶店があった。
昔からそこに喫茶店があったのは知っていたが、一度も入ったことがなかった。
彼は鞄を頭の上に掲げ、濡れないように急ぎ足で駆ける。
距離が意外とあったようで、道路を跨いで喫茶店に辿り着いた時には、彼の制服は雨で滴り、ズシリと重くなっていた。
「はぁ……これなら大人しく木の下に居た方が良かったかもな。こんなに濡れていたら店に入れてもらえるか心配になって来たな……」
判断を誤った事に後悔している彼の背後から、不意に声がかけられる。
「もしも~し? 大丈夫?」
「ふぇ……!?」
突然声を掛けられたことに彼は驚き奇声を上げ、声のする方へとゆっくりと振り向く。
喫茶店の入口が開いており、そこには学生服の上に前掛けをした、黒縁眼鏡をかけている女学生が心配そうに彼を覗き見ていた。
「そんな恰好していたら、風邪ひいちゃうよ? ほら、タオル貸してあげるから、それで全身を拭いたら店の中で温まるといいよ」
「お、おう。ありがとう。—―っとお邪魔します」
詠志はタオルを受け取り全身を拭いた後、のっそりと店内へと入っていく。
天井にはガラスで出来たペンダントライトが等間隔で配置されており、店の中を薄暗くも温かみのある灯で店内を照らしていて、耳を澄ますとクラッシクなレコードから心落ち着かせる音色が流れていた。
カウンターやテーブル席は、素人目でも年代物と解るアンティークな装飾が成されており、入口の反対側には外を眺められる大きなガラス窓が付いている。
ふと、彼は喫茶店には似つかわしくない大きな本棚と先ほど店の入り口で話かけてきた子を発見し近くに寄る。
彼女の手元を覗き見ると何やら文字の羅列が見える。
「……ちょっと、何見てるの? 見世物じゃないんだけど」
「あっ、ごめん。書き物の邪魔だったね。」
盗み見した感じ、彼女が書いていたのは勉強等ではなく、物語のようだった。
邪魔してはいけないな。 そう思い、詠志は大きいガラス窓に近いテーブルへと移動し雨が止むのを待つことにした。
「いらっしゃい。これはサービスだからお代はいいよ。雨が止むまでゆっくりしていくといい」
この喫茶店のマスターがコーヒーをテーブルまで運んで来てくれた。
低くくはあるが、耳にしっかりと残る優しい声の音でマスターが話しかけてくる。
歳は60代ぐらいであろうか?洗礼された執事服をびしっと着こなしており、白髪の短髪、顎にはサンタの様な白髭のある初老であった。
「あの……ここって喫茶店ですよね? なぜ本棚があるんです?」
「あぁ……本と本棚は、私の趣味みたいなものだね。この中で見る分には自由に見るといい。あと、気に入った物があったら譲ってあげるよ」
『けれど、ただでは譲らないよ』っとマスターは付け足した。
ただでは譲らない……?引っかかる言葉に詠志は顔をしかめる。
疑問に思い本棚へと足を運び、無造作に棚の本を順に手に取り中を見ていく。
「なるほど……マスターの趣味ってそういう」
この本棚にある書籍は全て小説で、一冊毎に栞が値札の代わりに挟まれていた。
ふと、ある段に並んでいる書籍に違和感を感じ手に取ってみる。
その本の表紙は簡素であり、手書きのような個性的な印象を受けた。
文は整った筆跡で丁寧に書かれており、手作りの本と言った感じだった。
「君、お目が高いね。その本はあの子が書いているんだよ。彼女の夢は小説家になることなんだ。一品物だから、有名になる前に買っておくといいかもしれないね」
マスターは微笑ましい笑顔で、一人黙々と物語を書いている彼女へと視線を向けていた。
「歳も僕とそう変わらなそうなのに、夢か……わかりました。この本買います」
詠志は本を買い取り、テーブルへと戻り読書をする。
雨音とクラッシックレコードの音色が心地よく内容がすらすらと入っていく。
今買い取った本は恋物語のようだ。
創作が好きな女の子が、自身の願望を形にしている日々が書かれていた。
ある日、彼女は書いていた本を学校で失くしてしまい、それを心無い男子に拾われ馬鹿にされてしまい、深く傷つき物語を書くことを辞めてしまう。
けれど、いつも彼女が書いている姿に見惚れていた男子がいて、彼女へと告白をする。
「君が楽しそうに物語を書いている姿が僕は好きだ。僕は君の一番のファンでありたい。君が綴る物語を僕にも手伝わせてくれないかな?」
そんな恥ずかしいセリフ満載の内容だった。
詠志は、不意に声に出だしていたのであろう……背後に居る彼女が顔を真っ赤にして立っていることに気付いていなかった。
「あのね……読書するのはいいけど。告白のセリフ声に出して読むって嫌がらせかな!?」
彼女は頬を風船のように膨らませ猛抗議をしてくる。
「えっ!? 声に出てた……?ごめん!」
「はぁ……まぁ、書いたの私だし。買ったのも貴方だから好きにすればいいんだけどさ」
そう小声で話しつつ対面に座る彼女。
今気づいたが……顔が小さく漆黒のストレートロングに黒縁の眼鏡、陽にあまりあたっていないであろう肌は白く、体系も女性らしさがあり、絵に描いたような文学少女のイメージだ。
「私は
「僕はファン一号って名前じゃないぞ。佐藤 詠志だ。早く有名になれるといいな綴莉先生」
お互いに笑顔を引きつらせつつ、皮肉を交じえ自己紹介を終える。
この日から二人は喫茶店で毎日のように顔を合わせては、他愛のないやり取りをした後、詠志は出来上がった彼女の本を買い取り、読み感想を述べ、綴莉はそれを受け黙々と物語を描き続ける。
そんな……微笑ましいやり取りが数年続き、二人は自然と結ばれていた。
綴莉は夢であった小説家になり、名のある賞を取るに至る。
詠志は彼女との経験を活かし、小説の講師となり新人の育成を支えていた。
後に本屋喫茶「novel」で小説家「綴莉」の処女作が読めると知る人ぞ知る本屋になるのであった。
そのタイトルは……「僕は私は本屋に通う、貴方に会う為に。」
僕は私は本屋に通う、貴方に会う為に。 文月 和奏 @fumitukiwakana
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