本屋

待宵月

第1話 接吻。

 私が好きな場所、癒される場所が「本屋」だ。

 今日も仕事の帰りに癒しを求めて立ち寄る。

 ここには微生物から宇宙まで、さらに精神世界からお菓子の作り方まで、あらゆるものが大小様々な本と言う名の扉の向こうに広がっている。

 今日はどんな本にしようかな?

 ぼんやりとそんなことを考えながら色んな本棚の前をただようように見て歩いて行く。平積みされていた本の上に、まったく異種類の本が無造作に置かれていた。その表紙に視線が釘付けになる。

 異国の海辺の風景だ。

 惹きつけられるように手が伸びる。

「あ」

 反対側から伸びて来た手が同じ本を取ろうとして私の指先にふれた。

 驚いて顔を上げれば、同じように驚いた顔がこちらを見ていた。

 濃紺のスーツ姿の男性だ。

(好みのタイプかも……)

 反射的にそんなことを考えてしまった私に対し、彼はすぐに謝罪を口にした。

「すみません」

「あ、いえ、大丈夫です」

 きっと私の顔は赤く染まっていたはずだ。

「……この本の表紙、いいですよね」

 声まで好みだった。

 彼は本を手に取り何かを考えこむ。

「あなたもこれが気に入ったんですよね?」

「え? まあ、はい」

「提案なのですが」

 真摯な表情で背の高い彼がまっすぐに見つめてくる。

「この本を明日の仕事で使用したいので、今日は譲っていただけませんか?」

「え? あ、どうぞどうぞ」

「ありがとうございます。では、その後、あなたにお渡ししますね」

「え? あ、いえ、お気になさらずに」

「そうはいきません。必ずお渡しいたしますので、LINEの交換をしましょう。あなたの携帯はすぐに出せますか?」

 なぜか流されるように彼とLINE交換をしてしまった。

 それから3年後、私はあの本の表紙と同じ場所で立っていた。私の隣にはLINEを交換した男性が幸せそうに私を見下ろしている。

「現実は小説より奇なりって本当ね」

 そう呟いた私を抱きしめると、彼は優しく口づけたのだった。



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本屋 待宵月 @Snufkin_Love

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