第11話 フィリップの執務室は満員御礼
「お兄様、入ってもよろしいですか?」
「いいよ」
ジーナがフィリップの執務室に入ると、既に先客が居た。
「やあ、ジーナ嬢。邪魔してるよ」
「……ほんっと邪魔だよ。俺、そろそろ帰りたいんだけど」
「お、お兄様?!」
兄があり得ない口調で王太子に接している姿を見て、ジーナは目を見開いた。
「ああ、僕ら人目がないところではこんなもんだから。慣れて。誰にも言っちゃダメだよ」
「は、はい……。承知しました」
「うーん、さすがジーナ嬢だね。ねぇ、ケネスの様子はどう?」
ビクターが聞いた途端、ジーナはケネスを褒め始めた。ケネスが処分しても良いと言ったメモを見たジーナは、ケネスの功績を正しく理解していた。
ビクターがやったと思っていた事が、ケネスの提案だった事を知ったフィリップは驚いた。
そして、ビクターは……。
『やっぱり、ケネスの結婚相手はジーナ嬢が良いなぁ。こんなに正しくケネスの事を理解している子、初めてだもの。どうにか、ケネスの事を意識して貰いたいな』
チラリとフィリップを見たが、彼は首を横に振っていた。
『やっぱりダメかー……。フィリップの協力があれば一発なのに。ライアンもまだジーナ嬢を疑ってるし、僕が余計な事をしちゃったせいで半年間は婚約者にする事も出来ない。けど、これだけ好かれてるんだから大丈夫だよね? 頑張って、ケネス』
「ところで……ケネス殿下に付けていたエレノア・オブ・ベケットという侍女ですが……どなたのご紹介でしょうか?」
ケネスに似た冷たい目をしたジーナが、慇懃無礼に言葉を紡ぐ。
「彼女は紹介じゃない。まとめて雇った侍女の中からケネスが選んだんだ」
「……さようでございますか。ならば仕方ありませんね」
「仕方ないってどういう事? もし、エレノアを紹介した人が居たらどうするつもりだったの?」
「あんな無礼な侍女をケネス殿下に付けたのですから、当然、王家に敵意があると思います。王太子殿下にご報告するつもりでしたわ」
「メイドはしょっちゅう変えてたけど、侍女は問題ないってケネスが言ってたけど……」
「問題ありまくりですわ! ケネス殿下に仕える栄誉を賜っておきながらあの態度。許しません」
冷たく、淡々と、エレノアの言動を報告するジーナにビクターは圧倒され、小声でフィリップと会話をする。
『こここ……怖いんだけどっ! あの目、ケネスにそっくり! 助けて! フィリップ!』
『ジーナは完全にケネス殿下に傾倒してんだから、こんくらい当然だろ。俺だってビクターを侮辱されたら怒るぞ』
『こんなに怒る?!』
『ああ、怒るな。こんなもんじゃ済まない』
『そ……そうか……』
主人を哀れに思ったフィリップは、妹を落ち着かせようとした。
「落ち着け、ジーナ。エレノアはケネス殿下の侍女を解任された。今後はジーナがケネス殿下をお守りすれば良いだろう」
「そうですわね! さすがお兄様! あんな無礼な人、二度と近づけさせませんわ! そうだ! ニコラに聞いておいて下さいませんか? ベケット男爵家と関わりのある高位貴族がいると思いますの。だって、あんなにケネス殿下を馬鹿にするなんておかしいです。わたくし達のような伯爵家でも、王族の方と直接お会いする機会はほとんどありませんわ。事前にケネス殿下の話を聞いていないとあんなに馬鹿にするとは思えません。ああ……思い出しただけでも腹が立ちますわっ……!!!」
「落ち着け。ベケット男爵家は調べておく。ニコラと父上にも連絡してあるから安心してくれ。どうせ、食事もしてないだろ。これ、持って行け。ちゃんと寝るんだぞ。でないとケネス殿下にご迷惑をかける」
「それはいけませんわね! 聞きたい事は聞きましたし、失礼致しますわ」
ジーナが部屋を出て行こうとすると、フィリップの部屋に新たな来客が現れた。
「フィリップ、話があるんだけど……ああ、兄上も来ていたのですね」
ライアンと会った事はないが、言葉から第三王子であると察したジーナは、黙って部屋の隅に移動した。
「……誰?」
「ジーナ・オブ・ケニオンと申します」
「ふぅん……君がそうなんだ……」
「ジーナ、もう用事は済んだだろ。帰って良いよ」
気を遣ったフィリップの言葉を、ライアンは遮った。
「駄目。僕、君に話があるんだ」
「兄に話があったのではないのですか?」
「本人が居るなら、その方が良いし。ねぇ、君はなんで兄様……ケネス兄様に忠誠を違ったの?」
『どうせ、取ってつけたような理由を言うだけだろ』
「ライアン殿下……その質問は……」
慌ててジーナを止めようとしたフィリップだったが、一歩遅く、ジーナはケネスを褒め称え始めた。
「それはですねっ! ケネス殿下が素晴らしいお方だからですわ! まずはあの優しさ、それから思慮深いですし……」
ジーナのケネスへの賞賛は止まらない。
「ライアン」
「あ……兄上……これは……」
「俺達、これを聞くの二回目なんだよ」
「そ……それは誠に申し訳ありませんでした……」
「そろそろ、彼女を信用してもらえないかな」
「……そ……それは……いや! 駄目です! 目が悪いから兄様の見た目を気にしないって……」
「ジーナ! 聞くな!」
状況を察したフィリップが、慌ててジーナの耳を塞いだが、ライアンの言葉はジーナの耳に入っていた。
「王太子殿下……、わたくしの発言をお許し頂けますか……?」
先程と同じ目をしたジーナが、静かに問う。
「はぁ……許す。この部屋で起きた事は不敬に問わないと約束する」
諦めたビクターが、許可を出すとジーナは優雅に笑った。
「ありがとうございます。では申し上げます。ライアン殿も、その辺の不敬な貴族と変わらないとは思いませんでしたわ」
「なっ……! なんでっ……! お前の目が悪いかのは本当だろ?! 僕の顔だって、見えてないんじゃないか?!」
「確かに、見えませんわね。ぼんやりとしか見えませんわ。でも、お声は覚えましたのでご安心下さいませ」
「あー……もしかして、俺も見えてない?」
「そうですね。でも、雰囲気や声は覚えておりますので。間違いは、ないでしょう?」
「ないね。フィリップ、ジーナ嬢は子どもの頃から目が悪いの?」
「いや、最近悪くなったんだ。医者には本の読み過ぎによる近眼だって言われた。けど、眼鏡は高くてな。買えなくはないんだけど、要らないって言うから」
「だってわたくしの眼鏡ひとつで、3日分の食糧が買えますもの」
「その程度なら買えなくはないだろう」
「お金は限りがあります。わたくしは元々社交は苦手ですから、わたくしにお金をかけるよりニコラのドレスを買う方が有意義です。そうそう、お兄様にお渡ししようと思ってましたの。この人が、エレノア・オブ・ベケットで間違いありませんか?」
「すまん。俺は知らない」
「見せて……ああ、そっくりだよ。この子がケネスの侍女だったのは間違いない。さっき配置換えしたけどね」
ビクターが肯定すると、ジーナは似顔絵をフィリップに手渡した。
「お兄様。これをニコラに渡しておいて下さいな」
「分かった。仲のいい令嬢の情報を集めさせる」
「ありがとうございます。では、わたくしは失礼しますわ」
「待て! なんなんだよお前は!」
「ジーナ・オブ・ケニオンと申します」
「そんな事知ってる! そうじゃなくて! なんで急に態度が変わった! やっぱり……」
「ストップ、これ以上火に油を注がないでくれるかな。ジーナ嬢、もう用事はないなら出て行って。僕らはもう少しフィリップと話があるから」
「承知致しました。失礼致します」
優雅な所作で部屋を出て行ったジーナを見て、フィリップとビクターはホッと胸を撫で下ろした。
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