未来の本屋

信仙夜祭

読書感想文

「おばちゃん、ソウタイセイ理論の本ある?」


「ちょっと、お待ち……。あるね~」


「そんじゃ、買う」


 おばちゃんが、ため息を吐いた。


「はあ~。最近は、小学生でもこんな難しい本を読まないといけないのね~」


 そう言われてもな。

 昔を知らない僕に、昔の話をされても困る。

 それよりも、夏休みの読書感想文だ。


「毎度あり……。そんじゃ、コネクタ・・・・を繋げてね」


 僕は、端末を本屋さんのネットワークに繋げた。

 頭に色々な情報が入って来る。


「……ドイツ語なんだ?」


「原文ママの方が、新しい発見があるかもしれないだろう? 今の子たちには、解説なんていらないんだし」


 解説ってなに?

 そんなことを考えていると、ダウンロードが終わった。

 頭に、直接文字が書き込まれたんだ。


 内容を咀嚼する……。


「う~ん。これの読書感想文か~、難しいな~」


「学校というか、文部科学省もなにを考えているのか……。いくら、脳に直接データを送れるからと言って、昔の学者の学術論文を読書感想文に選ぶなんてね~」


「そうなんだ?」


 おばちゃんが悲しい目をした。


「いいかい。ボーヤの今の知識量は、10年前の研究者クラスなんだよ? 語学も二十ヵ国語を修めているんだろう? 6歳で、昔の大学生までの知識を。7歳でそれぞれの特徴に合わせた専門知識を……。8歳から何を学べというのかね~」


「もう、学ぶものなんてあるの? 創作以外の授業なんてないんだけど?」


「昔は、『馬鹿を大量に作っても国は、豊かにならない』なんて言われていたけど、こんな『超人』を大量生産してもね~」


 僕には、おばちゃんの言葉の意味が理解できなかった。





 僕の世代は、インターネットと脳が繋がった世代だ。

 デジタルデータを脳に直接書き込める。忘れる事もない。

 『勉強』は、寝ているだけで済む。義務教育は、2年で終わる。


 でも、その後が続かない。

 8歳から働く訳にもいかないし。

 人によっては、脳の記憶領域限界まで知識を溜め込むらしいけど……、数年前に『危険』とだけ国から通達があり、義務教育以外は、個人で『本』を選ぶことになった。


 僕は、本屋のおばちゃんから買ったソウタイセイ理論の本を開いた。


「本当は、中身を知っているから、文字を読む必要もないんだけどね」


 これも、国の政策だった。脳に書き込んだ『本』は、紙で本屋から購入して、保管しておかないといけない。

 大人たちが、ついて行けないんだそうだ。

 それと……、脳血流がどうとか言っていたな。


「目で見て、文字を読む。文字の読めないのが普通だった古代に戻ったとか、誰かが騒いでいたな~」


 折角の技術だけど、数年後に廃止になるとも聞いた。

 僕は、希少な世代になるんだとか。


「とりあえず、一回は読み終わった。これで十分だな~。さて……、感想か~」


 今国策として国は、量子力学に力を入れている。

 エネルギー問題、環境問題、食糧問題、人口減少問題、国の借金問題……。全部解決してしまったので、数十年解決できない問題に僕達の世代を投入して反応を見たいらしい。


「……適当だけど、こんなんでいいだろう。数式の矛盾点の指摘と応用の可能性だ。瞬間移動ワープの可能性と光よりも速い物質の観測方法。うん、いい出来だ」


 僕の住む街では、本屋が増えて来た。

 今の時代は、本屋の店主が一番の人気だ。

 娯楽も行き付くとこまで行ってしまったので、一周回って活字が人気になったと聞いた。

 僕も、ニュース以外は、ネットに接続しない。

 偶然出会う、紙印刷の方が新鮮だ。


「昔、本屋がなくなるとか言われたけど、結局は増えてんじゃん」


 僕は、感想文を学校に送信した。

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