第120話 血の呪いで契約!? 魂縛契約とは!?

「それでは。当館がご提供する『奴隷の主』となるお客様には、血を用いた『魂縛契約の儀』を執り行っていただきますわ」


『魂縛契約』――パンドラの伝統的な契約儀式。

 法的・私的を問わずなんらかの約束事を結ぶ際に、言葉や書面の拘束力をより強化するために行う魔術的行為だ。


 そのために、まず互いの手を切り、流れ出た血を器に入れて水やワインなどと混ぜて飲む。

 血を体内に取り込むことにより、お互いの魂を結び付ける呪術的効力が生まれるのだ――。


「奴隷商人の血なんぞ飲みたくないのだが?」

「魂を繋ぐ本格的な儀式ではなく、『形式だけの簡易的なもの』なので、契約書に血判をしていただくだけ――となっておりますわ」


「ふーん……伝統の儀式も、随分と形骸化したもんだな」

「現代的に商業化した契約の儀式に、煩雑さは無用ですから……ですが、魔女様たちが制作した魔道具によるものなので、こちらのやり方でも効果のほどは本物と遜色ありませんわ」


 俺は奴隷商人に差し出された金の針で親指を刺し、なにやら文様じみた呪文が描かれた契約書に血判を押した。


 魔道具とか言ってたし、魔女どもが創ったろくでもない契約書なんだろうなあ……。


「魂縛契約がなされた者は、基本的に主人の命令に逆らえなくなります。ですが、自害を促す命令など、非道な命令をした場合はそれに限りません。また、所有者は奴隷に対して衣食住を提供する義務がありますわ」


「日雇いでもか?」


「失礼。失念しておりました……今回、住は不要でございましたね。ですが、食事と仕事着を提供する義務がおありですわ」

「仕事の休憩時間に、『まかない』なら出す。だが、服はそっちで用意してくれ、貸衣装ぐらいあるだろ? 出店で客引きできるようないい感じの服で頼む」


「いい感じ?」


 は? みたいな感じで奴隷商人が俺を見てくる。


 こういうのは基本、舐められたら終わりだ。


「いい感じだよ。え? 聞き逃したの?」

「いえ、まさか……『いい感じ』ですか? もう少し具体的におっしゃられていただいてもよろしいですか?」


 紳士的かつ友好的に接してもいいのだが、相手は性悪奴隷商人だから、こっちも性格悪い感じでいきたいよね?


「えっ、やだ……お姉さんは、顧客の要望にケチをつける悪質奴隷商人……なの?」

「いいえ、まさか。『いい感じ』ですね、承知いたしました」


 ――などとやりながら、順調に契約を進めていく。


 鬼娘が現れたときは怪我したり絡まれたりとダルかったが、奴隷の貸し出しはつつがなく終わってくれそうだ。


「奴隷の貸し出しにおいての注意点をお伝えします――奴隷に対して手酷い仕打ちをした場合、当館より所有者が処罰されることがあるのをご承知ください」


「働かせた先で部外者に暴力を振るわれた場合は、どうすればいい?」

「奴隷が怪我等をした場合は、賠償金を支払っていただきますわ」


 めんどくせぇ。奴隷を財産として扱ってやがる。


「こっちが、奴隷に襲われた場合は?」

「当館の奴隷は、主の命令を遵守するように躾けております。それでも、主に牙を剥いたのであれば、それはお客様の落ち度ですわ。司法の場にて決着をつけることになりますわね」


 外の世界の連中みたいに、自己責任の大義名分で騙して貧困層を使い捨ての駒にしとけよ。

 お前ら冷酷な拝金主義者どもは、同胞への無慈悲な振る舞いが得意だろうが。


「そうならないように注意するよ。それより、お茶のおかわりをくれ」

「なに!? お代わり自由なのかっ!? ならば、ケーキのおかわりももらっていいかっ!?」


 俺の隣で黙々とケーキを食っていたアンジェが、目を輝かせて騒ぎ出す。


「アンジェちゃん。お茶請けは無料だから、好きなだけ喰いまくっていいぞ」

「やったあ! ケーキのおかわり無限だあああああああああああああああああっ!」


 アンジェは無料と知るなり、待合室に置いてあったケーキを手あたり次第に喰いまくった!


「お客様! 困ります! あーっ! お客様ーっ! 無料とはいえ、限度というものがございますーっ!」


「知るかよ。そっちが勝手に提供してるんだろ? あるだけ食わせてもらう。当然、ケーキ以外のビスケットやキャラメル、飴玉もあるだけすべてもらっていく」

「そうだ! もぐもぐ! 無料なんだから、全部タダで食べるぞーっ!」


「なんだ、こいつら!? 常時上から目線の不敵な態度、脅迫まがいの悪質な値切り、おまけに、おもてなしのお菓子を強奪っ!? とんでもねぇ迷惑客ですわーっ!」


 アンジェの容赦ない喰いっぷりを見た奴隷商人が、「早く帰ってください!」と言わんばかりに矢継ぎ早に話をまとめだした。


「最後に! 今回の契約の主人である『フール様が何かの理由でお亡くなりになられた』場合、その後の奴隷の扱いを設定していただく必要がありますわ」

「はあ? なんで『俺が死ぬ』とかいう話が出てくるんだよ?」


 無料で提供されているものを飲み食いしただけで、この性根の腐った嫌み!

 やはり奴隷商人は、悪の化身と断言できる!


「もぐもぐ。その後の扱いとは? 身請けみたいな話か? もぐもぐ」


 用意されたケーキをすべて喰らい尽くしたアンジェが、奴隷商人に尋ねる。


「その後もなにも、『日雇いの売り子』だろうが。おめーらのとこに、返却だよ」

「承りました。これにて、契約のお手続きは終了ですわ。お疲れ様でございました」


 奴隷商人はぺこりと頭を下げると、契約書をまとめて部屋から出て行った。


「あのお姉さん、『やっと解放された』みたいな顔をしていたのだ」

「フン、失礼な奴だな。所詮は、下賤なる奴隷商人よ」


「違う。フールのムカつく態度にキレなかったから、すごい奴隷商人なのだっ!」

「黙れ。お前は、何度も『あーっ! お客様ーっ!』言われとったくせに」


 しらばくすると、ドアがコンコンと叩かれた。


「「「お待たせいたしました、ご主人様」」」


 先ほど選んだ奴隷――露出多めのメイド服の女奴隷三人と、黒服の男奴隷が二人だ。


「ふっ。下々の者にかしずかれるのも久しぶりだな」


 久しく忘れていたこの感覚……悪い気分ではない。


「奴隷の癖にご主人様を待たせるとは、いい身分ではないか?」

「おいっ! フール! 魔王気取りはやめろっ!」


 気取りではなく、俺は魔王そのものだ。馬鹿たれめ。

 まあいい。


 そんなことより――。


「いくぞ、者ども。仕事の時間だ!」

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