第119話 魔王様と鬼人の姫 

「半額ねぇ~……もう半分ととらえるか、まだ半分ととらえるか、難しい位置だよね」


 つっても……ここら辺が、手打ちかな。


「ちっとも難しくなんてありませんわ。ちょうど半分、高くもなく安くもない、一番良いところでしてよ! 『これ以上ない』落としどころですわ……っ!」


 ……これ以上粘ると、暴力沙汰になるかもしれん。

 万事、引き際が肝心だ。


「笑顔でお取引できれば、お客様も当店も徳を詰めましてよ?」


 正味な話……こんなノリと勢いだけの雑な値引き交渉では、二割か三割引かせられれば御の字だったが……。

 案外、思ったよりいけたな。


「今日は、楽しい楽しい『魔女祭』でしてよ。血を見るのは、夜だけで十分ですわ」

「そうねぇ~……血はもう見たくないよねぇ~……」


 やはり、血を見せたのがよかったのだろう。

 血を見ると、馬鹿でも物事の深刻さを理解できるのだ。


 あと、魔女の話だ。

 パンドラのエルフどもは、魔女に生殺与奪の権を握られているからな。


「……仕方がない。貴様の素直さに免じて、半額で手打ちをしてやる」

「感謝いたします……わっ!」


 わはは! 悔しそうにしておるわ!

 金にがめつい奴から金をむしり取るときほど、気持ちがいいものはないってばよ!


「帰るぞ、アンジェ。早急に病院に行かねばならんからな」


 半額などと言いつつ正規以上の値段をしれっと請求してきそうだから、冷静になる間を持たせずに契約を終えてしまおう。


「えっ!? 帰る? お前に攻撃してきたやつは、放っておいていいのか?」

「そこの変なやつに関わると、確実にろくでもない物語が始まってしまう。そんなものに付き合っているほど、俺は暇ではないのだ」


 得体の知れない危険なやつに付き合っているほど、暇ではない。

 俺はさっさと帰って、昼寝がしたいのだッ!


「ちょっと待ちなさい! アンタ、魔族でしょっ!?」


 帰ろうとするなり、鬼人の娘が空気を読まずに話しかけてきやがった。


「なぜ、この俺が魔族だと思うのだね?」

「魔人特有のいけすかない魔力の感じでわかるわよ! つか、エルフと話してたじゃない!」


「盗み見聞きなど、感心しないね」

「うっさい! 魔族なら同胞を助けなさいよッ! 私は、『鬼人の姫』よッ!」


 俺が魔族であるとわかるのに、『偉大なる魔王様』だとはわからないのか……?


 ただの生意気で蒙昧な凡愚じゃん。

 鬼人どもには目をかけてやっていたが、所詮は魂なきまがいものにすぎないのだな。


「鬼人の姫なの? じゃあ、鬼人は『他を圧倒する強力無比な種族』なのだから、自分の力でなんとかしてみせろよ。偉大なる魔王様に、それができる知恵と力を授けられているだろう?」


「はあ? そんなものもらってないわよッ!」


 はあああ~っ!? なんだ、こいつ! 恩知らずかよ!

 俺に攻撃してくる不敬な魔族……不死王の配下か?


「ならば、それがお前の運命だ。それを受け入れるか、拒絶するかは、お前次第だよ」

「わけわかんなこと言ってないで、さっさと助けなさいよっ! 私は『鬼人の姫』なのよっ!」


 フン。薄汚い鬼人の小娘が、大層な肩書を名乗りやがる。


「ああ、そうなの。で? 鬼人のお姫様が、なんで捕まってんだよ?」

「知らないわよっ! 食い逃げしたら憲兵に襲われて、百人ぐらいボコボコにしたら、魔女どもに攻撃されたの! それで、気づいたらここにいたのよっ!」


 ……アンジェと同じ類いの馬鹿娘だ。

 これ以上、仲を深めたくないし、近寄りたくない。

 こんなん! 絶対に! 不幸になるからァーッ!


「なんてやつだ! 食い逃げして、百人をぼこぼこにしただとっ!? 同情の余地もないのだっ! 反省しろっ!」

「お前が言うなよ。『まったく同じ種類の馬鹿』だぞ」


 アンジェめ……自分を棚の上げての説教とは、なんてふてぶてしい女なのだ。


「あたしは、もういやなのっ! こんなところにいたくないっ! 魔王が死んでから、不死王が内乱起こしたせいで、親兄弟死んじゃったし! 家臣とも離れ離れになっちゃうしっ! もういやーっ! みんなとこに帰りたあああああああああいっ!」


 えっ!? まだ話し続けてたのっ!?

 見ず知らずの初対面相手にっ!? 割と深刻な打ち明け話をっ!?


 もうやだなぁ~、異常者とは関わり合いたくないよ~。


「鬼のお嬢ちゃん。みんなのところへは、勝手に帰りなはれ」

「帰れるわけないでしょっ! 檻に閉じ込められてるのが、見てわからないのっ! あんた、バカ!?」


「違うよ」


 さて、帰るか。


「待ちなさいよ! どこ行くつもりよっ!?」

「帰る」


 助けてやる義務も義理もないので、帰る。

 当然の話だ。


「おい、フール……あの鬼人の娘は、お前の民ではないのか? 助けないのか?」


 アンジェが不安げというか不満げな顔で、俺を見てくる。

 鬼の娘の同情でもしたのか? 魔族殺しのくせに?


「お前は、池で飼っている無数の魚の顔を一匹一匹覚えているのか? 庭先をうろちょろしている小鳥どもの見分けがつくのか? 俺は、まったくわからん」

「ぬ? 何の話だ?」


「俺は見分けがつかない小さき者を、いちいち憐れんで助けたりはしない」

「何を言っているのだ? お前、落ちぶれても魔王だろ? 自分の民に責任を持たないのか? 奴隷商人に捕らわれているのに、助けないのか?」


「助けない。あいつには大怪我をさせられた。本来ならば、殺戮を持って殺処分しているところだ。だが、今は『早く家に帰りたい一心』なので、なにもせず放置する。なんて、慈悲深い魔王様なのだろう!」


 愚かなる逆臣および、クソ無礼者勇者がッ!

 魔王様の慈悲深さによって命拾いをしているのだ、ありがたく思えッ!


「おい、無茶苦茶なことを言うな! あの鬼人の娘は、まだ子供だぞっ!」


 鬼娘のいる部屋から出るなり、なぜかアンジェが引き留めてくる。


「うるせぇなあ! お前は『魔族殺しまくってた快楽虐殺者』の癖に、なにを魔族に情けかけてんだよ!」

「誰が快楽虐殺者だ! 私は勇者だーっ!」


 いちいち相手したくないので、無視して帰る。


「フール! お前は、傲慢すぎるのだっ! そうやって、不要な仲間を見限っていると、いつか必要な仲間からも見限られるぞっ!」

「そーいう訓話めいたことは、『かつての仲間に命を狙われてちょいちょい襲われてる』おめーにだけは言われたくねぇんだよ!」


 普段はただの馬鹿の癖に、唐突にキレて上から目線で説教してきてムカつくぜ。


「それに、俺には『仲間』なんて存在しない。なぜならば、この俺の隣に並び立てる奴なんて誰もいないからだ。王というのは、常に孤高なのだよ」

「そんなことはどうでもいい! 本当に帰るつもりかっ!?」


 うるせぇなあ……ま~た、勇者様の正義感の発作かよ。


「あのガキ、鬼人だろ? 傷が治れば、あんな檻……つうか、この地下牢ごと簡単にぶっ壊せるようになるよ。お前も、鬼人の怪力は知ってるだろ?」

「う、うむ……」


「むしろ、あそこに長居して顔を覚えられて、逆恨みされて復讐されるほうが厄介だ」


 俺は、常に二手三手先を読んでいる。

 なぜならば、偉大なる魔王様だから。


「確かに……鬼人は、一人で城砦を破壊できるほどの強大な力を持っている……そんな奴に狙われたら、厄介なことになるな」

「そうだ。檻の鉄の棒を引きちぎって武装しただけでも……」


「鬼に金棒……ちょっとした街なら、一瞬で壊滅させられるぐらいの武力を行使できるようになるのだ……!」

「そ~いうこと。だから、俺の助けなんていらないんだよ」


 この仕事が終わったら、しばらく街を離れよう。

 あの鬼のガキには、な~んか嫌なものを感じる。

 とりあえず、最低でも島の反対側に行こう!


「それをわかったうえで……本当に放置するのか? 逆恨みを恐れているのならば、なおのこと、助けるべきではないのか?」

「アンジェちゃんは、うるさい子だねぇ~……そんなに気になるなら、今日借りた奴隷を返す時に差し入れでもしてやれよ。金なら俺が出してやる」


 そうあしらうなり、アンジェがなんとも言えない顔をする。


「……お前、優しいのか、残酷なのか……どっちなのだ?」

「どっちもでない。俺は、『残酷なぐらい優しい』んだよ」


 それはさておきだ。


 あの鬼人の娘は……今日の夜には、ここを抜け出すような気がするけどよ。

 エルフの戦士ならまだしも、奴隷商人ごときが、手負いで殺気立ってる鬼人を閉じ込められるわけがねぇんだから――。


「そもそも、俺はこの島の管理人じゃない。そーいう『街の平和を守るんだ!』みたいなのは、偉い人にやってもらうんだよ」

「偉い人?」


「そう。えら~い『魔女様』にな」

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