第118話 舌戦! スーパー値引きバトル!

「気のせいだ。会計して帰るぞ」


 いや~な感じがするからこそ、関わりたくねぇこと山の如しってワケ。


「こっちにも、誰かいるのか?」

「お客様! そちらの扉はっ!」


 無駄に好奇心旺盛なアンジェが扉に近づくなり、奴隷商人が慌てて止めにきた。


「なんだ、その態度は? やましいことでもあるのか?」

「いや、そ、それは……」


「どう見ても、やましいことを隠している態度なのだっ! 悪事を暴いてやるっ!」

「お客様! 困ります! あーっ! お客様ーっ!」


 馬鹿をこじらせたアンジェが、奴隷商人の制止を振り払って扉を勝手に開けた。


「むっ! な、なんだこれはぁーっ!」


 などと、アンジェは目を丸くして驚いているが、別に驚くようなものはなんもない。

 他の部屋よりも薄暗くて辛気臭いこの部屋には、活気ゼロの奴隷たちがいるだけだ。


「やましいことはありませんが……こちらにいる奴隷は、うちに来た時点で、『心と体に傷や病を抱えた者』ですの。正直なところ、商品としてはあまり期待できません。当館といたしましても、ある種の慈善事業と言いますか……」


 奴隷商人の言う通り、この部屋には怪我人や病人が粗末なベッドで横になっているばかりだ。


「おいっ! そんな者らをこんなところに閉じ込めるなっ! この扱いは、法に反しているのではないのかっ!?」

「め、滅相もない! この者達は当館に来るまで劣悪な環境にいたので、静かな環境に置いて静養させているのですわ!」


「そもそも! 人を奴隷にして商いをするなどという邪悪な行為をしているのに、えばるなっ!」

「邪悪な行為をしていると言われましても、パンドラでの奴隷売買は合法ですので」


「居直るなっ! 人道にもとるぐらいなら、法など破れーっ!」

「ええーっ!? 無茶苦茶ですわーっ!」


 アンジェと奴隷商人が、くだらん言い争いに興じている。


「おい。部屋の奥にやたらと厳めしい檻があるが、あれはなんだ?」

「お客様! 困ります! あーっ! お客様ーっ! あれは危険ですーっ!」


「危険?」

「『鬼人』の娘なのですが、とにかく凶暴でして……」


 は? 鬼人ぉ~? 魔族じゃ~ん。


「島に流れ着くなり、憲兵隊を半殺しにした危険な流れ者なのですわ。そんな危険分子を無理矢理押し付けられて、当館も困っているですわ……まったく、魔女姫様は、いつも無茶ぶりばかりを……」


 奴隷商人がブツブツなんか言っているが、無視して檻のなかを見た。


 檻の隅には、怪我を庇う獣のように体を丸めてうずくまる少女がいる。

 人間みたいな見た目だが……額には、二本の鋭い角が生えていた。


 野獣のような殺気を帯びた赤い瞳、牙じみた鋭い歯、メスガキの見た目にそぐわないしなやかで強靭な筋肉……。


「……こっちに来なさいよ」

「嫌だよ」


「来いッ!」

「んもう、しょーがないなぁ」


 怪我をして閉じ込められているのにもかかわらず、圧倒されるような闘気を放つ好戦的な態度は……間違いなく『鬼人』だ。


「シャアッ!」


 檻を覗き込むなり、鬼人の娘が襲いかかってきたッ!


 檻の隙間から飛び出してきた手を避けるも、刃物のように鋭い爪で腕を引っかかれてしまった。


「……痛ッ」


 小さな鬼娘の小さな爪によって、この俺の皮膚がいとも簡単に切り裂かれた――。

 傷口から紅い血が溢れて、腕を伝って滴り落ちる。


「へえ……『本物』か」

「お客様っ! 危険です、お離れくださいっ!」


 暴れる鬼人を見て慌てる奴隷商人に、出血した腕を見せてやる。


「おい、見ろッ! 『お前の商品』に爪で引っかかれたせいで、『肉が裂けて、血が出た』ぞッ! どうしてくれるんだッ!?」

「まぁ、大変っ! お怪我なされたのですかっ!?」


「貴様の商品管理の劣悪さにより、客であるこの俺が『死ぬ一歩手前の大怪我』をしてしまったはないかッ! 慰謝料および迷惑料を払ってもらうかッ!」


 決してただでは転ばぬ、しっかり者の魔王様よ。


「ええーっ! い、慰謝料および迷惑料ーっ!? わたくし、檻は危険だと注意しましたよね?」

「なんだ、その態度は?」


「当方の注意を無視なされて、お怪我されたのですよ。ゆすり・たかりの真似事はおやめくださいまし」


 フン。口の達者なやつよ。


「フール! ゆすり・たかりをするなっ! 隙あらば悪事を働くんじゃないっ!」

「アンジェちゃん。ちょいと、待ちんしゃい。相手は、奴隷商人でっせ?」


 馬鹿アンジェがつっかかってきたので、即座にたしなめる。


「ぬ?」

「いわば、職業・『悪人』! 履歴書はすべての経歴が、言葉にするのもおぞましい犯罪歴で埋め尽くされているに決まっているのだ。そんな悪人相手なら、いくらでも奪ってかまわない――違うかね?」


 この事実は、正義の味方ぶるアンジェも認めるところだろう。


「違うっ! 悪人相手だからと言って、こちらまで悪になるなっ!」


 はい。馬鹿、と。

 物の道理のわからぬ愚か者娘は、無視しよう。


「おい、奴隷商人。俺の連れ合いが正義の味方ぶるやつで助かったな。俺的には、腕の一本でも斬らせて落とし前をつけさせるところだが……今回は、『奴隷の貸出料を全額無料にする』ぐらいで、目をつむってやるよ」


「はあ? 奴隷の貸出料を全額無料にする……で、ございますか?」


 奴隷商人が、生意気にも反抗的な態度をしてきた。


「とぼけやがって……お綺麗なお顔を、アイツの檻の前に突き出してやったっていいんだぜ?」

「……脅迫ですか?」


 人を売買しているゲスは、道理というものが存在しないらしい。


「なんだ貴様ァ、その物言いはァーッ!? こっちは貴様の不届きのせいで、大怪我をさせられたんだぞォーッ!」

「それは、お客様が『当方の制止を無視して』檻に――」

「黙れッ! この俺に大怪我をさせておいて、口答えをするなァーッ! 反省しろ、罪悪感に駆られて、謝罪しろォォォーッ!」


 詰め寄るなり、奴隷商人が『チリン、チリン』と鈴を鳴らした。

 すると、護衛だか用心棒だかしらねぇが、強面のエルフどもがぞろぞろとやってきた。


「お客様……あなたは、『クソ客』です」

「なにぃ~?」

「これ以上騒ぐなら、『奴隷にしてくれ』と懇願するまで痛めつけてやりますよ……?」


 エルフの正体見たり!


「当館は、奴隷商人。奴隷の扱い方も作り方も、よく存じておりましてよ……!」


 見目麗しい顔と上品な所作で取り繕おうとも、本性は性根の腐った悪人よッ!


「不愉快だ、もういい! お前ら全員、脅迫罪で憲兵に突き出す! 当然、貴様の競合他社に、この話を吹聴するッ! さらに、魔女どもに『エルフが反逆した』と告げ口をするッ! 俺の雇人は、『魔女の孫』だからな! 魔女の血族に仕える俺への叛意は、魔女への叛意! 俺が流した血に対する贖罪は必ずさせるッ!」


「お客様! 困ります! あーっ! お客様ーっ! 魔女様はダメですーっ!」


 魔女との繋がりを臭わせるなり、奴隷商人が焦り出した。


「さ、流石は、元魔王だ……! 悪にはさらなる悪をぶつけるやり方で、悪行を行使することに、まったく躊躇がない! 文句のつけ方が手慣れ過ぎているのだ……っ!」


 アンジェが無礼極まる畏怖の仕方をしているが、忙しいので無視する。


「エルフならば、わかるだろうが……俺は『魔族』だ。パンドラにて魔族が滞在を許されるのは、『魔女に許可された』場合のみ! つまり、そういうことだァーッ!」

「ちょ、ちょっと! お客様、落ち着いてくださいまし!」


「落ち着けだと? 俺は至極冷静だ。なにせ、頭に上る血が腕から流れ出ているのだからなァーッ!」


 血まみれの腕を奴隷商人に突きつける。


 これを見ても反抗して来たら……殺そう。

 別に悪人だし、どーでもいいだろう。


「全額無料だ。それで許してやる」


「無理ですわっ! 三割引きが精いっぱいでしてよっ!」


 三割だけ……だと?


 とはいえ、完全なる無茶ぶりのノリと勢いだけで即座に割引を提示させることができたのだ。

 ……もうひと押しぐらいは、いけそうだな。


「そうか……では、憲兵のところ……いや、俺の滞在を許した『魔女』のところにいくぞ」

「四割っ!」


 奴隷商人が真剣な眼差しで見つめてくる。


「ふっ。魔女祭の前に、善行を詰めてよかったな」


 奴隷商人が、ほっとした顔をする。


「魔女の客人に怪我をさせたうえ、脅迫まで働いた極悪な奴隷商人をしょっぴけるのだからな」


「ぬぐぐ~……半額ですわっ! これ以上は無理でしてよっ!」


 奴隷商人が『これ以上は絶対にまからん!』といった顔つきで、キリリと睨みつけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る