第116話 奴隷商人って知ってるかな?

「二人とも! 奴隷商人はエルフやからな、騙されんよう注意するんやでっ!」

「エルフ? 奴隷商人は、エルフなのか?」


 アンジェが不思議そうな顔をする。


「エルフといえば、『奴隷にされる側』ではないのか? 悪い奴隷商人に捕まっているのを助けたことが何度かあるのだ」

「外のことなど知らん。この島での奴隷商売は、エルフが取り仕切ってる」


「なんだと? なぜだ?」

「なぜならば、『パンドラのエルフは邪悪でがめつい』からだ」


 事実を教えてやるなり、アンジェがキーキー騒ぎ出した。


「私が世間知らずだと思って、また適当なことを言いおって!」

「適当ではない。端的に言語化された事実だ」


「部外者との交流を嫌う清廉潔白な森の賢人たちが、邪悪で卑劣な奴隷商売などするわけがないだろうっ!」


 フン。人を信じる心を持たぬ小娘よ。


「考えてもみろ。エルフは『他の種族よりも長命』だ。そんなエルフが、『短命な種族と交流するとどうなるか』をな」

「ほえ? どうなるのだ? わからないから、教えてくれ」


 素直か! 少しは自分の頭で考えろ。


「いいか、エルフは『とても長生き』――つまり、他の種族よりも、『知識と技術と財産を蓄えられる』のだ。そして、そんなやつらが雇用主になって他者を働かせた場合、搾取だけができる」

「なんでなのだ?」


 完全に馬鹿の顔だ。まったく話を理解できていないはずだ。


「長命なエルフが、短命な人間および亜人種と同じ経済圏で勢力を拡大している状況下において、エルフは生きているだけで他種族よりも資産が増えるのだ。なぜならば、『他の種族はすぐ死ぬ』からだ。死ぬば当人の財産は消えるし、子孫がいても遺産は散逸する。なのに、エルフはそれが百年単位で『先延ばし』になる。そこに貨幣経済やら銀行やらが絡まって来ると、債権やら金利やらで大変な貧富の差が生まれる」


「なるほどな。完全に理解したのだっ!」


 完全に知ったかぶるアンジェだった。

 こうなることはわかっていたので、俺も適当に説明した。


「資産は、金の形をした武力だ。その力でもって、エルフは他の種族をしばき倒して支配する。エルフに借金をした連中は、返済のためにエルフの下で働かざるをえない。それができなければ、奴隷落ちよ。そうなれば、奴隷たちの生み出す労働価値により、エルフはさらに富を築き、資産を独占する――それが、混沌の都パンドラのエルフだ」


「はえ~、エルフすっごい!」


 馬鹿だが、素直な感想だ。


「この街のエルフは金を持っているので、金のない他種族に金を貸す。となれば、貧乏人どもはエルフの金で人生を支配されることになる。つか、なっている」

「無茶苦茶な話に聞こえるぞ」

「実際、無茶苦茶な話だ。だが、金はそれを可能にする」


 無論、金で他者に言うことを聞かせるには、『強大な暴力が必要』なのだが……。

 厄介なことに、エルフは魔法と弓矢を使いこなす優れた武闘派種族なので、暴力による裏付けを可能にできる。


「そんな無茶苦茶なことをやっていたせいで、パンドラのエルフは恨みを買いまくった。その結果、パンドラの支配者である『魔女』どもに焼かれた」

「焼かれた? 焼き討ちか?」


「そうだ。魔女に歯向かうものは、ことごとく焼却処分された。だが、面従背反して難を逃れた懲りない連中は、ここで今も商魂たくましく生きている」

「なんてことだ! パンドラにいるのは、『邪悪なエルフ』ばかりではないかっ!」


 おそらく俺が話してやった内容の九割を理解していないであろうアンジェだが、一番教え込みたいことだけは理解してくれたようだ。


 ただ、それは俺が『最初に言った』ことなのだがな。


「そもそもの話、エルフとは元来『人を喰う邪悪な存在』よ」


 この俺も、若く未熟で力も金も知恵もない頃は、痛い目に遭わされたものだ。

 賢くて邪悪で暴力が使える連中ってのは、始末に負えない。


「俺達にことあるごとに強制労働をさせるメイは、そういう『エルフの邪悪な血を引いている』のだ」

「誰が、邪悪じゃっ! 無邪気そのものやろっ!」


 フン。血とは恐ろしいものよ。

 無自覚・無意識でその業を発動させる。


「ほーう。だからメイ殿は、この『一切働かずに好き勝手ぐーたらしている邪悪な男』と一緒にいても平気な顔をしているのかっ!」

「誰が一切働かずに好き勝手ぐーたらしている邪悪な男だ! この殺人鬼がよぉっ!」

「誰が殺人鬼だ! 私は勇者だーっ!」


 馬鹿の癖に、悪口だけは一丁前だな!


「うるさーい! ぼんくらども、さっさと出かけてこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る