第112話 上手に茹でました!
「お前が『勇者』だから、この戦いの決め手を委ねたのだ。お前が『超強い勇者』アンジェリカでなければ、こんなことは言わん! 『世界を救った勇者』アンジェリカでなければなァッ!」
勇者成分マシマシで煽ってやるなり、アンジェの目つきが変わる。
「し、仕方ない奴だなぁ~……魔王のくせに、『世界を救った勇者』であるこの私・『勇者アンジェリカ』に頼るんだぁ? ふーん……おだててるようで本当のことを言われただけだから、まったくやる気は出ないが、仕方なしでやってやろうかなぁ~?」
などとつれないことを言いつつも、なぜか口元がにやけているアンジェだった。
これ以上のおだては逆効果かもしれん。適当に煽ってやろう。
「えー。ひょっとして、できない言い訳してるのぉ~?」
「そんなものするかっ! 何千、何万の魔族の手が絡みついても、私は常に勝利に向かって突き進んできたのだ。タコの足ごときで止められるわけがないだろうっ!」
よし! バカ丸出しだが、その気になったな!
「クラーケンなどと大層な名前だが、所詮は魚介類! タコが私に牙を剥くとは、笑止千万! 私は『勇者』アンジェリカだああああああああああああああああーっ!」
やる気になったアンジェが、燃え上がるような闘気を体から放出させる!
「ギィッ!?」
爆発するような強烈な闘気の放出に、クラーケンが怯んだッ!?
「誰でもいい、なにか武器……マーガレット殿、銛はあるかっ!?」
「もうないッス! 釣り竿しかないッス!」
「それでいいっ! 私に投げてくれっ!」
「了解ッス!」
マーガレットちゃんから釣り竿を受け取ったアンジェが、帆柱を駆け登る。
「これでも喰らえぇぇぇーっ!」
帆柱を登ったアンジェが、クラーケンめがけて釣り竿を投げた!
大砲から射出された砲弾のような勢いで投擲された釣り竿が、クラーケンの右目を貫くッ!
「アグギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
マジか……!?
勇者が扱えば、ただの釣り竿も凶器に変わるのか……ッ!
本当に恐ろしい存在だ、殺戮と破壊に特化しすぎている……。
それはそれとして。
「俺は、『神獣召喚に使う触媒』を用意しなければ……ッ!」
できれば、自分の血は使いたくないのだが……。
「うわあーっ! クラーケンがさっきより暴れ回っとるーっ!」
「両目を潰されたから、怒りと混乱で暴走状態ッス!」
「てやんでい! 船にしがみついてきやがった! 逃げるに逃げられないぜッ!」
そうも言っていられないようだし、手首でも切っておけばいいか。
「――我は運命を運ぶ者。死を定めし者。破滅の時を刻む者。汝の物語の結末は我が決める――」
右手の手首を歯で噛んで傷つけ、血を流す。
……血の量が足りないので、左手の手首も噛み切る。
赤い血が噛み切られた手首から滴り落ち、足元に小さな血だまりを作った――。
「……普通に痛いのだが? なぜ、俺が血を流さねばいけないのだろう……?」
「フールさん! 助けてくださいッス!」
俺のことを好いてくれる素敵な乙女の為なら、失血死もいとわんッ!
「フール! 早くやれっ! 船が壊されるぞっ!」
アンジェごときに言われなくても!
次は、こっちが襲いかかる番だッ!
「罪すら燃やす天上の業火、今は堕ちて陽りの光。然れど、王を運ぶ燃え盛る炎の車輪、未だ止まらず。然らば、太陽を偽る貪欲な煌めき、真の焔にならん――」
足元にできた血の池に、手を突っ込む!
神獣の召喚さえできれば、こっちの勝ちよ。
「偉大なる魂の力において命じる! 我が下僕たる陽炎の神獣『アドラメレク=カレディギィ=ロレ』。その名を握る我が呼び声に応じ、『焔る力』にて、大海ごと敵を焼けッ!」
詠唱を終えるなり、あまりにも眩い強烈な日差しが俺たちに降り注ぐ!
「なにっ!? 太陽が頭上にあらわれたのだっ!?」
「見るな、偽りの太陽だ。目を焼かれるぞ」
太陽を
「ぎゃあっ! 新手の化け物やああああああああああああああああああああーっ!」
「落ち着け。化け物だが、敵ではない」
光り輝く宝石よりも煌めく車輪が、クルクルと回った。
回転に合わせて輪がバラけ、四つに増えた輪は、円を形作る。
輪が円になりて太陽を陽ると、光はさらに強くなり、より一層輝く――。
「そこのタコ野郎! 海ごと塩茹でにしてやるよッ!」
偽の太陽と化した車輪の目が、より一層大きく見開かれる。
それぞれの車輪が激しく回転し、目が潰れそうなほど強烈な光を放つッ!
「ギアギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
灼熱の太陽が、タコ野郎の周囲を強烈な閃光で照らすッ!
空気まで焼き焦がすような光熱により、一瞬にして大海が茹で上がるッ!
「獲れたてをすぐさまササッと茹でることで、鮮度を保ったままのプリップリのタコをおいしくいただけるってワケ!」
クラーケンが、上手に茹で上がりました!
海が蒸発したことで、辺り一面が塩の臭いのする蒸気に包まれる。
「茹でたてクラーケンの旨味たっぷりのダシが利いた匂いがするッス!」
「茹でタコのおいしそうな匂いがするっ! お腹が減ったのだーっ!」
かわいいやつらよ。魔王様のわくわくクッキングを目の当たりにした女子たちが、大いにはしゃいでおるわ。
「ぎゃああああああっ! うちまで茹でられてまううううううううううううーっ!」
まだタコ野郎の足に捕まっていたメイが、ギャーギャー吠える。
「フールさん! メイちゃんまで茹でられちゃうッス!」
「なにをやっているのだ、フール!? メイ殿が茹でられてしまうぞーっ!」
「まーまー。イケナイ太陽のいたずらですやん。お嬢はんがた、落ち着きなはれや」
俺は甲板の上に転がっていた釣り竿を掴むと――
「フール! 遊んでないで、うちを『助けろ』ーっ!」
「落ち着きなはれ。今、助けてやっからよ」
竿を振って、メイめがけて釣り針を投げた!
「はうあ! なんや、この針はーっ!?」
針がメイの水着に引っかかるのを確認するなり、一気に釣り上げる!
「てやんでい! ロリエルフの一本釣りでぇぇぇーぃッ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
凄腕漁師と化した魔王様が、見事にメイを釣り上げたッ!
「獲れたて茹でたてだ。みんなで食おうぜっ!」
「なんでやねんーっ!? うちを食い物にすなああああああああああああああーっ!」
「メイちゃんじゃないよ、この巨大タコさ!」
クラーケンを退治すると同時に、今夜のおかずを確保する。
女だったら、思わず主夫として迎え入れたくなるやりくり上手男子だ。
「フールさん! 魔法でクラーケンを倒すどころか茹でちゃうなんて、すごいッス!」
「てやんでい! とんでもねぇ無職でい! 魔女様顔負けの魔法じゃねぇかっ!」
魔王と勇者よりも戦闘力がありそうな漁師二人に驚かれて、ちょっと鼻が高い魔王様だった。
「へへっ! てやんでいっ!」
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