第111話 大ピンチ! クラーケン暴走!

「てやんでい! パンドラの海で、漁師に喧嘩売るたぁっ! 爆殺されても文句言えねぇよなぁっ!?」


 クラーケンの目を銛で貫くわ、刺客ジジイを釣竿で釣り上げるわ、サメごと刺客ジジイを爆殺するわ――。

 漁師らしからぬ大活躍を見せるアルアルのおっさんだったッ!


「うわあああーっ!? 漁師強すぎなのだああああああああああああああああーっ!」


 ただの漁師が刺客を瞬殺する――と言う完全なる番狂わせを目の当たりにしたアンジェが、目を見開いで驚き叫ぶ。


「とりあえず、刺客ドスケベジジイは死んだけど、クラーケンのほうは――おわッ!」


 爆発に驚いたのか、刺客ジジイの死で使役魔法が解けたのか……理由はわからんが、クラーケンの触手の拘束が緩んだ!?


「まずい! いきなり自由になった、落ちるぞッ!」


 というか、解けた!


「あいたああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 先にタコの拘束が解けたアンジェが、ケツから甲板に落ちて絶叫する。


「この高さはマズい!」


 かなり高い位置に持ち上げられているから、ここから落とされたら痛そう――


「だから、仕事なんてしたくなかったんだーッ!」


 っていうか、確実に怪我するッ!


「フールさん、危ないッス!」


 マーガレットちゃんが、落下した俺を受け止めてくれたッ!?


「やだっ! お姫様抱っこ!?」


 とってもやさしくって、とってもたくましい!

 こんなことされたら……好きになっちゃうよ!


「なんだったんでぃ、あのおかしなスケベジジイは……?」

「たぶん、『刺客』だ。アンジェを狙って、外からたまに変なのが来るんだよ」


「刺客っ!? なんスか、その物騒なのはっ!?」

「怖がらなくてもいいよ。ただのろくでもないエロジジイだよ。そして、もう死んだ」


 フン。漁師に殺されるなんて、刺客の風上にも置けん雑魚ジジイよ。

 ただ好き勝手に触手プレイに興じて、この俺に迷惑をかけただけではないかッ!

 万死に値するわッ!


 まぁ、もう死んでいるのだが……。


「まぁあれだよね。他人の尊厳やら命やらを平気で踏みにじって楽しく暮らしているお貴族様だとしても、うっかり『大当たり』を引いて死ぬこともある――って学びと救いのある出来事だったよねっ!」


 勘違い年寄りがイキっても、いいことなんてなんもないって話よ。


「な、なんてことだ……! ヅゥカウィ殿を……こ、殺してしまった……っ!」


 海上に浮かぶジジイの爆殺死体を見たアンジェが、顔面を蒼白させる。


「まーた『仲間を殺した、殺さない』のあれかよ。今回は、お前が主犯じゃねぇんだから悩まなくていいんだよ」

「別に前も、主犯ではないのだが……むしろ、主犯はお前だし……」


 慰めてやってんのに、生意気な奴だな。


「うるせぇな。よそもんのイカレたジジイが、地元民に殺人上等で喧嘩売ったんだから、反撃されて殺されても文句は言えねぇだろ?」

「う、うむ……それはそうなのだが……」


 自責する必要がないことを教えてやっても、釈然としない顔のアンジェだった。

 めんどくせぇなぁ……と思っていると突然、船に衝撃が走った!?


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 使役者を失ったクラーケンが暴走して、触手で船を叩いてきやがったッ!


「大変なのだっ! ヅカウィ殿が死んで使役魔法から解放されたクラーケンが、暴走状態になったぞっ!」


 べとべとだしへとへとなので、もうなんもしたくない。

 この事態を引き起こしたアルアルのおっさんに、後始末をつけさせよう。


「ふーん。『ジジイが死んだから、クラーケンが暴れ出しちゃった』ってさ。アルアルのおいたんが、はしゃぎすぎたせいじゃないの? 責任とってよねっ!」

「てやんでい! べらぼうめ! 助けてもらっておいて、生意気でぃっ!」


 などとやっている間にも、暴走したクラーケンは水面を触手で叩いたり、船をぶっとい足で横殴りしたりと、暴れ放題している。


「マズいぞ! 海の上でクラーケンと戦うなんて、自殺行為なのだっ!」


「クラーケンの触手に絡まれたら、この船でも逃げるのは難しいッス!」

「てやんでい! 巨大クラーケンが出るなら、大砲でも積んで来るべきだったぜっ!」


 凶暴な漁師もビビる大海の化け物か……厄介だな。


「フール! こんなん無茶苦茶や! トロールのばけもんを倒した『すごい魔法で助けて』えなっ!」

「自分の身は、自分で守りなはれや。それが海でのルールやで、メイちゃん」


 メイが助けを求めてきたが……元はと言えば、こいつが俺に邪悪なる強制労働をさせた因果のせいだ……。

 簡単に助けてやるわけにはいかない。

 俺は、躾には厳しいのだ。


「フールさん! なんとかできるなら、『助けて』ほしいッス!」

「かよわい女の子に頼まれたら、助けないわけにはいかないねッ!」


 愛しのマーガレットちゃんに頼まれたら、難しい話抜きで助けざるをえない!

 俺は、義理堅い男なんだ。


「かよわくないやろ! ムキムキやんわあああああああああああああああああっ!」


 メイがクラーケンに捕まったッ!


「フール! 遊んでいる場合ではない! メイ殿を助けなければっ!」

「なぜだい? アンジェちゃん」


「なぜって……メイ殿は、お小遣いをくれるし、お腹いっぱいご飯を食べさせてくれるからだっ!」


 こいつ……女だてらに、身も心もヒモに成り下がってるじゃねぇか……。


「おふざけやめろ、お前らっ! どっちでもいいから、早く助けてーなっ!」


 アンジェのバカがふざけてきたせいで、調子が狂ってしまった。


「アルアルのおいたん。さっきの『大爆発する銛』はないのか?」

「ぬっ! 人喰い鮫退治用の『爆殺銛・零式』のことかっ!?」


 いや、スゲー名前だな! おい!

 というか、あれで鮫を殺すつもりだったのか……魚類相手に殺意が高すぎるッ!


「そうだ。物騒なそいつを、また投げつけてやれッ!」

「馬鹿たれ! そんなことをしたら、メイ殿が死ぬだろうがーっ!」


 アンジェが横やりを入れてくる。


「あ~あ。タコに捕まってるのが、勇者様だったらよかったのに~」

「なんでだっ!?」

「見捨てられるから」

「なにぃっ!? 見捨てるなーっ!」


 それはともかく。

 メイが死んだら、俺の隠居生活も終わってしまう。

 今はまだ、このぬるい生活を楽しみたいのだ。


「フールっ! さっきから、他人事感満載でふざけ倒しおって! 許さんぞっ!」

「ふざけてなどいない」


「嘘つき! 見え透いた嘘をつくなっ!」

「嘘などついていない。そんな俺を嘘つきと決めつけるお前のほうこそ嘘つきだ。嘘ばかりのこの大嘘つきめ!」

「や、やめろっ! 複雑な言い返しをしてくるなっ!」


 そんなことはどーでもいい!

 タコだかイカだかわからん海産物ごときに、俺の平穏なる隠居生活を邪魔されてたまるかってばよッ!


「ときに、アンジェちゃん。今のお前はダメホステスだが、かつては『勇気と戦いの才能に恵まれた優秀な戦士』だった……そうだな?」

「むっ。なんだ急に? 嘘つきのくせに、本当のことを言い出しおって?」


「勇者アンジェリカ、汝に問うッ! 『戦いで死なない方法』は、いったいなんだッ!?」


 俺が問うと、アンジェが愚問とばかりに鼻で笑った。


「『殺されない』ことだ」


 端的でいて真理を突く、いい答えだ。


「素晴らしい、感服した! お前のように強く勇ましい者にしか紡ぎ出せない冴えた答えだ! まさに『勇者』ならではの答えと言っていいだろうッ!」

「ふんす! その通りなのだっ!」


 アンジェが大きな胸を張って、得意げに鼻を鳴らす。


「勇ましき者アンジェリカよ。お前が凶悪海産物クラーケンの相手をしろ。その間に、俺は神獣を召喚する」

「はあっ!? お前、また自分だけ楽をするつもりだろうっ!」


 アンジェがしょうもないいちゃもんをつけてくるなり、クラーケンが攻撃してきた。


「アグギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魔王様、無駄にピンチ!

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