第108話 ディープブルー2 クラーケン襲来!

「「「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」」


 ……うるせぇ。


「フール! 来てくれぇぇぇーっ!」


 アンジェの馬鹿がよぉ……声がでけぇんだよ……!

 絶対に相手したくねぇ……寝たふりしよう。


「なんやねん、あれはーっ!? フール! はよ来てやっ!」


 メイも……かよ……。


「てやんでい! べらぼうめいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」


 死ね! 角刈り!


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 マーガレットちゃん!?


「フール! 『助けて』ええええええええええええええええええええええええっ!」


 ……ちっ! 言いやがったな……!

 人がせっかく寝てるっていうのによォッ!


「馬鹿どもが全員そろって大声出して、人の昼寝を邪魔しくさやりがってェェェッ!」


 説教してやるッ!


「じゃかましや! テメーら、この俺の睡眠を妨げるとは、いい度胸――」


 はうあ!?


 船室から出た俺の目の前にッ!


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 クッソ巨大なイカが存在していたァァァーッ!


「文句なしにデケェッ! なんだ、この巨大イカはァァァーッ!?」

「イカじゃないッス!」


「じゃあ、タコ!」

「タコでもないッス! 巨大怪物『クラーケン』ッス!」


 クラーケン――大海に棲まう『巨大、凶暴、狡猾』という厄介すぎる性質を持つ、十六本の触手を持つ巨大軟体魔物。

 わかりやすく言えば、イカとタコの悪いとこどりの化け物だッ!


「なんで、こんなところにクラーケンがいるのだっ!? もっと陸から遠く離れた海洋にしかいないはずではないのかっ!?」


「勇者様が魔族を皆殺しにしたせいで、世界の生態系が変わったんじゃねぇの?」

「なにぃっ!?」


 勇者などといっても、その実態はただの破壊者。本当に、ろくでもないやつだ。


「嗚呼、なんてことだ……イカレた勇者が偉大なる魔王様を殺害したせいで、世界がおかしくなってしまった。完全に滅びへと向かっている、と確信をもって断言できる」

「黙れっ! そんなわけないだろっ! 世界は私が救ったのだぞっ!」


「アルのおいたん! どう見てもあかんことになってるけど、どないすんの……?」


 ビビり散らすメイに泣きつかれたアルアルのおっさんが、なぜか不敵に笑う。


「安心しろぃ! 俺っちが漁師人生で倒したクラーケンは、余裕で千を超えるッ!」


 俺の知る限り、クラーケンは人間風情が簡単に退治できる生き物じゃない。

 明らかに、ただの一般のタコおよびイカも含めて、話を盛っている。


「クラーケンってのは、みんな同じ化け物タコに見えるが……実は、それぞれ個性がある――人間を見るなり、ビビって逃げ出すヤツ。人間を敵と認識して牙を剥いて立ち向かってくるヤツ。人間を獲物扱いして無慈悲に襲いかかってくるヤツ……」


 アルアルのおっさんが、訳知り顔で語り出しちゃったけど……。

 そんな余裕あるのか?


「やつらにはバラバラの個性があると同時に、『共通した習性』がある――見た目は、巨大な化け物とはいえ、結局のところ、やつらはどこまでいっても『タコ』よ。普通のタコと同じく、基本的に前には進めない――」


 それ、イカじゃね? 


「ゆえに、戦うにしても逃げるにしても、クラーケンの顔の正面に回り込むんだッ! 習性を知り尽くせば、シーサーペントから漁船までも喰らう超凶暴な化け物タコが相手でも、人間様は優位に立てるんでいッ!」


 はえ~、勇ましい。海の男は頼りになるねぇ。


「それはともかく。メイのヒモ――」


 あん?


「てやんでい! 助けてくれええええええええええええええええええええぃーっ!」

「漁師ッ! タコに捕まってんじゃねぇよ!」


 アルアルのおっさんが、クラーケンの足にからめとられたッ!

 それっぽい顔して呑気に語ってるから、そんなことになんだよ!


「それはさておき――面倒事はごめんだ! 逃げなくてはッ!」


 こんなところで死んでたまるかッ!

 やりたくもないクソ労働に駆り出されて、タコの化け物に殺されるなんて絶対に嫌だッ!


「とはいえ、泳いで逃げることは……はうあ!」


 ツイてる!

 船尾に小舟があるぞッ!


「緊急脱出用の小舟かッ!?」


 やったぜ! これに乗って逃げよう!


「フール! 自分だけ逃げる気だろ! 先回りしてやるのだーっ!」

「やめろ、馬鹿たれっ! お前は居残りだッ!」


 まーた! 馬鹿アンジェが、俺の人生の邪魔をしてきやがったッ!


「ふはは! この船はもらったのだああああああああああああああああああーっ!」


 馬鹿アンジェは俺を乱暴に押しのけると、小舟に乗り込み――


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 次の瞬間、タコの足にからめとられたァァァーッ!


「げぇーっ! アンジェが、クラーケンの足にからめとられたぞォォォーッ!?」


 なんてことだッ!


「メイちゃん! 海はダメだ! 危ないから行ってはいけないッ!」

「そりゃそうや! 普通に考えてわかるやろっ!」


「……すまん。働きたくなくて、帰りたくて、帰りたくて、気が動転していた……」

「すげぇ……危険を顧みず帰宅しようとする筋金入りのサボり魔や……っ!」


 落胆する俺を見たメイが、なぜか戦慄する。

 それはともかく、大変なことになってしまった……ッ!


「な、なんだ、この触手はっ!? は、放せぇーっ!」


 ぬめりとしたクラーケンの足が、アンジェの体にからみつく。


「ひゃん! こ、こら! どこを触っているのだぁーっ!」


 アンジェの胸やらケツを嬲るようにクラーケンの足がからみつく!


「ちょっ! やめっ……そ、そこは……だめぇぇぇーっ!」

「やめろ、やめろっ! ドスケベ成分供給過多やーっ!」


 無駄にエロい感じになっているアンジェを見たメイが、キャンキャン吠える。


「泣き叫び、必死で抵抗してもなす術がなく、会話も意思の疎通もまったくできない汚らわしい化け物に惨たらしく殺される……身の毛もよだつ死にかただ。どれだけ、痛くて、苦しくて、怖いのだろう……かつては勇者と呼ばれた少女が絶望して光を失っていく目は、最後に何を見るのだろう……」


「フール、捕まってる場合かーっ! スカしても、ダサいのは誤魔化せんぞーっ!」


 最悪だ……。

 馬鹿なアンジェと同じ次元に引きずり降ろされてしまった……ッ!


「「ぬるぬるするううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッ!」」


 この俺は偉大なる魔王様なのにぃぃぃ~っ!


「うわあああーっ! もう終わりやーっ! フールまで捕まってもうたっ! うちもクラーケンに喰われてまうんや! うちは世界一不幸な少女やーっ!」

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