第107話 お昼だ! 船上の漁師飯!
「さてっ! 仕事も終わったことやし、お昼にしよかっ!」
「わーい! お昼ごはんなのだーっ!」
「今日はおもろい食材が手に入ったからな。アンジェが釣り上げたウミガメを鍋にしたるでっ!」
予定より鮫退治が早く終わったので、早めの昼飯をとる俺達だった。
「まず、脇腹から包丁を差し込んで甲羅を外し、肉と内臓をバラして細かく刻む」
手際のよいメイが、ウミガメを丁寧に解体していく。
「それから、海水を真水で薄めたやつを甲羅に注ぎ入れて、海藻や干し魚や香辛料と一緒に煮て、お出汁を取る」
ウミガメの死体は、あっという間に食材に変わり、鍋の具になった。
「甲羅のなかの水が煮立ったら、最初にバラしたお肉を投入や。さらに、陸から持ってきたダイコン、ニンジン、お芋なんかの具材を追加で投入や」
そして、あっという間に、鍋料理になりましたとさ。
「できたでっ! メイちゃん特製『野菜たっぷり海亀のスープ』やっ!」
「うまいっ! スープはあっさりとした塩味ながらも、魚介類と海藻の旨味のあるダシが効いているっ! ゲテモノっぽいウミガメだが、意外にもその肉は変な臭みや食感はなく、ちゃんとおいしいっ! うまみで満ちたとろみのある汁をたっぷり吸った野菜がいい仕事をしているのも、うれしいっ! 疲れた体に栄養が染み渡るのだっ!」
アンジェめ、もう食ってやがる……。
つか、疲れた体って……テメーは、何もしてねぇだろうがッ!
「メイ殿が釣り上げたイシダイも、ただの塩焼きなのに脂がのっていて旨いっ!」
「俺っちが釣ったカワハギは五枚おろしにして薄く切って、飯の上に乗せて肝醤油を回しかければ絶品でぃ!」
ふぅん。醤油ねぇ……。
啓明教会によって文明の調整が行われている外の世界と違って、パンドラは旧時代の文化を継承してやがるのか……。
「船に乗る前に獲ってきたエビは殻ごと半分に切って、マヨネーズとチーズを乗せて香ばしく焼いてみたッス!」
「エビは高タンパクで低脂質な優れた食材。だが、一仕事を終えて栄養不足な私には少し物足りない……だが、そこに脂質たっぷりなチーズとマヨネーズが加わることで完璧な布陣となるのだっ! マヨに含まれる酢も疲労回復にもってこいなのだっ!」
蒸気機関、魔導機械、そして、旧時代の種々様々な料理……。
マジでパンドラは、世界と隔絶された異常地域だな。
「漁師めし、うまうまなのだーっ!」
「うるせぇッ! いつも馬鹿なのに、ここぞとばかりに食レポすんなッ! 前は、飯食ってもなんも言えなかったくせによォッ!」
「お魚に含まれる栄養で、頭がよくなったんとちゃうか」
なんなのだ、この馬鹿は……!
仕事もせずに、ただわがままに飯を食うだけ!
やりたい放題ではないかッ!
「ほんまにアンジェは、おいしそうにごはんを食べるなぁ~」
「働きもしねぇで飯ばっか喰いやがって! 許さんぞッ!」
「やめーや、フール。珍しく働いたからって、いばらんでええねん」
は? 珍しく働いただと……?
いつも働いとるわッ!
「そうだっ! たまに働いたもぐもぐ! ぐらいでもぐもぐ! するなっ!」
「もぐもぐいってんじゃねぇ! 何言ってっかわかんねぇんだよ!」
アンジェめ……相変わらず、餓えた犬よりもがっついてメシを喰いやがる。
――にも関わらず、『器に残った汁をパンで拭って食う』という人の知性およびもったいない精神を垣間見せるところが、そこはかとなくムカつく!
「アンジェと一緒に飯食ってると、イライラするうえ、こっちまで腹が減る」
「はあ? イライラはわかるけど、腹が減るって、どういうことやねん?」
「どうもこうも、人の飯を勝手に食うからだ」
「ああーっ! うちの分まで!? ごらぁ、アンジェーっ!」
飯は食えねぇし、船が揺れまくるから居心地も悪い。
「最悪だぜ。休憩だってのに……これじゃあ、ちっとも休めねぇ……」
無駄に燦燦としすぎる強い日差しのなか、揺れる船の上でいたずらに時間が過ぎる。
「くそ……腹が減った」
はうあ!?
は、腹が減った……だと……?
「この魔王様が……卑しい獣のように空腹に苛まれているというのか……ッ?」
やはり……アンジェの馬鹿に殺されかけた後遺症で、他者を食わなければ体力が回復しないぐらい身体機能が弱まっている……。
神獣召喚ができるまでに回復したから、もう獣じみた捕食行為など不要な体になっていると思ったが……。
まだまだ、身体機能は不完全のままのようだ……。
「……最低でも果実、できれば水のみで体力を維持できる状態には回復させたい」
そのためには、可及的速やかに平穏なる隠居生活による静養が必要だッ!
「ぶつぶつうっさいねん。お腹減ってるなら、なんか作ったるよ」
「別に、いらん。腹が減ってイラついているわけじゃねぇ……というか、なにをやっているのだ?」
不意に俺の隣にやってきたメイが、食い終わった魚の骨がたくさん詰まったウミガメの甲羅を海に捨てた。
「ゴミを海に撒いて、何をしてんだよ?」
「海から頂いたものを海の神様に感謝するために、また海に還しとるんや。そうすれば、礼儀正しい人間に感心した海の神様が魚をまた獲れるようにしてくれる――ゆーてな。古くからの漁師の教えらしいで」
「はえ~。海の神は、家族や友達と仲睦まじく平和に生きているお魚さんに、人間ごときのために死を強制するのか。ろくなもんじゃねぇな」
素朴な感想を漏らすなり、メイが呆れ顔をした。
「なんやねん、そのひねくれた態度はっ!? ずっとつまんなそうに文句ばっか言いやがって……海は嫌いなんか?」
「嫌いだ。俺は凍えるような真冬のさなか、この海を泳いでパンドラに来たのだ」
「あ~……そーいや、フールは漂流者やったね」
海なんて、もう二度と泳ぎたくない。
「なぁ、フール! 今度、海行こうよっ!」
「貴様……俺の話を聞いていなかったのか?」
「別に、海を泳ぐわけちゃうよ! 今度は、船乗らんと浜辺よ、浜辺。この仕事でお給料もらえたら、お休みやるわ。お店のみんなで浜辺いって、日向ぼっこしながらおいしいご飯食べて骨休みでもしよーやないの」
海風に銀色の髪をたなびかせるメイが、不意に振り返って笑った。
「メイちゃんも、たまにはいいことを言うんだな」
「いつもや、メイちゃんはいつもいいことしか言わへんねん。それより、あとは帰るだけなんやから、あんまぐちぐち文句言うたらあかんよ?」
そう言ってメイがいなくなると、入れ替わりでアルアルのおっさんがやってきた。
「両親がいなくなって一人で暮らしているメイのことが心配だったのだが……お前みたいに強い奴が一緒なら安心だッ!」
「唐突に現れて、デカい声でなんだよ?」
「メイはエルフの母親譲りなのか、『人の心を見抜く霊感』みたいなものがある。そんなあいつが懐いてるんだから、お前は悪い奴じゃないのだろうな」
今までの隠居生活において、俺のことを問答無用で敵視してくる馬鹿しかいなかったのだが……海の男は違うらしい。
人間の屑しかいないパンドラとはいえ、マーガレットちゃんを筆頭に大いなる海で浄化された人間もいるのだろう。
「実はな……お前を海に突き落として人喰い鮫に喰わせろ――と、ヨーゼフの兄貴に言われててな」
ジジイ、殺す!
「だが、やめた」
「……なんでだよ?」
俺が警戒しつつ問うと、アルアルが白い歯を見せて笑った。
「お前といると、『メイが楽しそう』だからだ。それに、マーガレットもお前を気に入っている。そして、俺っちもお前のことが嫌いじゃない」
「嫌いじゃない? なんでだよ?」
小娘どもはともかく、おっさんに好かれる理由がない。
不謹慎な理由だったら、どうしよう……?
「お前が『勇ましい』からだ」
勇ましい?
「あぁ……鮫をぶっ飛ばしたからか」
「そうだ! 海で勇ましさを証明できたやつはそれだけで、『男として信用ができる』! だから俺っちは、お前を信用した……それだけのことよ」
「角刈り漁師。お前は馬鹿でスケベなヨーゼフのクソジジイと違って、道理がわかるようだな」
「そんなことより。お前、無職なのにどうやって暮らしているんだ?」
いきなり、ズケズケときやがったな。
「勘違いしている奴が多いが、俺は無職じゃないし、メイのヒモでもない。街をぶらついて、喧嘩売って来るマフィアから慰謝料を頂戴して『自立した生活を営んでいる自営業者』だ」
「悪党を成敗すると同時に日銭を稼いでいるのか……感心だなッ!」
フン。やはり、角刈りのやつは信用できる。
「利発で大人びてはいるが、メイは寂しがり屋の子供だ。しかも、心が傷ついている」
「急になんだ?」
「もしも、メイを泣かすなら、お前を海の底に沈めなきゃなんねぇ……ッ!」
黒眼鏡をおもむろに外したアルアルのおっさんが、今まで見せなかった鋭い目つきで脅しを込めて睨み付けてくる。
「アルアルのおいたん……アンタ、あのスケベジジイの弟とは思えんぐらい良い男だな」
くだらない家族ごっこの茶番なんぞ、いちいち相手をするのも馬鹿らしい。
俺はアルアルの肩を軽く叩くと、船室に向かった。
なぜなら、ひと眠りしたいから。
「待てぃ! 答えはどうなんでぃっ!?」
「答えは、メイのあの笑顔だよ」
俺は、アンジェとマーガレットちゃんと戯れる笑顔のメイを指さすと、船室の扉を開けた。
「あの笑顔を泣き顔に変えたいやつが、この世にいるかい? いないだろう?」
みなまで言う必要などない……面倒だからな。
さあ、港に帰るまで昼寝だ!
「おい、待てぃ! 午後は残りの人喰い鮫を――」
アルアルのおっさんがなんか言っているが、無視する。
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