第104話 ドキドキ★いろんな意味で危険な海!

 世の中には、『学校の同級生や職場の同僚などの身近な異性が水着に着替えたら、通常の三倍ドキッ☆とする法則』というものがある。


「はあ~。やっぱり、海はええね。潮風は気持ちがええわぁ~」

「暑い! 船の上とは、こんなに暑いのか!? 水着に着替えて正解なのだっ!」

「アンジェさん! 日差しで肌が焼けるから、上着は着ておいた方がいいッス!」


 弾けるような若い娘たち、潮風になびく長い髪、いつもとは違う格好をした嬉し恥ずかしな水着の乙女たち、隙だらけの胸元からちらりとするトキメキ★


「青春のええ部分が凝縮されているな」


 だが、青少年の夢はすぐにぶち壊された。

 なぜなら、上半身裸のおっさんが、俺の視界を占領しているからだ。


「ちょっ! どこ見てんでいっ!」

「海だ。お前など見ていない」


 水着の若い娘たち、青くきらめく海、上半身裸のおっさん、胸を弾ませて戯れる若い娘たち、爽やかな潮風、手で体を隠す上半身裸のおっさん、かわいげに微笑む娘たち、心地よい波音、恥じらう上半身裸のおっさん……。


 ここは世界の果てのパンドラの海、すべてを受け入れる大いなる海――。


「見える光景の三分の一に、必ずおっさんが混ざってくる……ッ!」


 働きたくないのに無理矢理船に乗せられて、上半身裸のおっさんを見せられる。

 文句のつけようがないぐらい、最悪だった!


「フール。浮かない顔してどうしたんや?」


 いつもよりおしゃまに髪を編んで水着を着たメイが、とことこ近づいてきた。


「……もう帰りたい、家が恋しい。上半身裸のおっさんは、もう見たくない」


 俺は素直だから、言いたいことはハッキリと言う。


「家とお店の往復しかしとらんおまはんの気晴らしになるかと思って、メイちゃんは海に誘ったのに、好意が踏みにじられてしまった……うちは世界一不幸な美少女や」


 泣きまねをするメイが勝手なことを言うなり、アルアルのおっさんがおもむろに話しかけてきた。


「てやんでい、浮かない顔するんじゃねぇやい! 船の仕事は楽しいぞッ! 毎日、太陽の日を浴びながら青い海の上で、自分の腕一本で魚と勝負でいッ!」


 人生が順調にきたんだなあ、挫折してないんだろうなあ、馬鹿なんだろうなあ――ってやつは、やることなすこと『どこか必ずズレている』。


「そうだよな? マーガレットッ! 楽しいよなあッ!?」


 なぜならば、人生が上手くいくあまり、自分がなにより正しいと思いがちだからだ。


「楽しいと言うか、仕事はむっちゃしんどいッス……お父さんは怒ると、めちゃくちゃ恐いし……それに、漁も船も割とすぐに飽きるッス……海の上は娯楽はないし、おいしい食べ物もないし、潮風で髪の毛がぐしゃぐしゃ、お肌はギチギチになるし……船の仕事は最悪と言ってもいいかもしれないッス」


 悩み皆無の親父に振り回されるのが、マーガレットちゃんの悩みのようだった。


「マーガレット! 気合入れろぃ! 海で油断したら死ぬぞッ!」

「この角刈り野郎! 年頃の娘に、死ぬような仕事をやらせんじゃねぇッ!」


 アルアルのおっさんが唐突に毒親の正体を現したので、ハゲ頭を叩いておく。


「べらんめい! 海はなァーッ! 甘っちょろい人間の世界じゃないんだ! 女子供だろうが、手加減なんてしてくれないんでいッ!」

「ウッス! 油断禁物ッス!」


 そこは同意なのか……。

 漁師親子が『海は危険』と認識している、と。


「じゃあ、部外者をそんな危険なところに連れてくるんじゃねェェェーッ!」

「うるさいぞ、フール! また仕事したくなくて、グズっているのかっ!?」


 デケー釣り竿を持ってデカい乳を揺らすアンジェが、なんか言ってくる。


「なんだ、そのクソデカ釣り竿は?」

「自分が作った特製の釣り竿ッス!」


 ドワーフは武骨な見た目に似合わず、手先が異常に器用な種族だ。

 鍛冶から、石工、木工――と、どんなものでも作ってしまう。

 世界に流通する九割の武器防具をドワーフどもが作っていた時代もあったぐらいだ。


「へえ、マーガレットちゃんは釣り竿を自作するの。なんて器用な子なんだろうねぇ」

「船大工の棟梁をやってるお母さんの影響で、自分も物を作るのが得意なんス!」


 ドワーフは、武器防具の製作以外にも、建築や服飾や雑貨も良く作る。

 その血を受け継ぐマーガレットちゃんも、御多分に漏れなかったようだ。


「かわいいマーガレットちゃんが作ったから、釣り竿なのに花柄だったり小さな猫の絵が描いてあってかわいいんだねっ!」

「ちょっ……かわいいなんて、照れちゃうッス……!」


 小細工とは無縁の武骨な手なのに、繊細な装飾を作っちゃうなんて、ギャップがワクワクさせてくれるよねっ!


「しかし、釣り竿デケェな……何を釣るつもりなんだよ……?」

「マーガレット殿が作ったこの巨大釣り竿で、『巨大人喰い鮫を釣り上げる』のだっ!」


 アンジェ……水着姿で完全に遊ぶ気しかない出で立ちのくせに、なぜこいつは仕事する気が満々なのだ?


 前回の山狩りのときもそうだったが、場に順応するのが早すぎないか?

 きっと、頭空っぽの馬鹿だから、なんでも詰め込めるんだなっ!


「ぼーっとするな、フール! お前も、巨大人食い鮫を釣り上げるべく、巨大釣り竿を装備しろっ!」


 なんだよ、釣り竿を装備って……。


「釣り餌は、『生餌と死に餌』がある。生餌は、文字通り生きている虫や小魚を生きた状態で針に刺す餌でい! 死に餌は、それが死んだやつを餌にするんでい!」

「死に餌より、生餌のほうが食いつきがいいッス」


 釣りの雰囲気になるなり、漁師親子が仲良くはしゃぎだした。


「おい、漁師親子よ。こっちは素人なんだから、急に色々言われてもわからん」

「迷ったときは、とりあえずこの『釣り虫』を使っておけばいいッス!」


 マーガレットちゃんが、なぞの木箱を開ける。

 箱の中では、細長い体に無数の手足が生えた芋虫が蠢いていた!


「きーっしょっ!」

「マ、マーガレット殿……この気持ち悪い虫を餌にするのか……っ!?」

「いややーっ! こんな気持ち悪い虫、触りたないわーっ!」


 俺たちは、きしょい虫にドン引いた。


「というか、巨大人喰い鮫を釣るんじゃなかったのかよ? こんな虫で釣れるのか?」


 根源的な問いかけをするなり、アルアルのおっさんがにやりと不敵に笑った。


「心配せんでも、鮫野郎はあっちから来る……それまでは、楽しい海釣りでぃ!」


 楽しい海釣りと聞いても、嫌な予感しかしない……。


「今から、人喰い鮫あるある言うよ~。人喰い鮫あるある~、言わせてよ~!」

「知らんわ、早く言えよ」


「人喰い鮫は~、人喰いがち~っ!」


 そりゃそうだろうよ。

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