第103話 新登場! 角刈り漁師と可憐な筋肉娘!

「見て見て、メイちゃん! ぴょむんとジャンプして、ふわふわっと滞空したあと、しゅたんって着地したよっ!」

「なんやねん、お前は? 全部意味わからんわ」


「メイ殿、そのふざけた無職を殴るべきだ。フールは働きたくないから、頭がおかしくなったふりをして逃げようとしているっ!」

「黙れ! 馬鹿の癖に、勘の良さを発揮するな!」


「こんガキャア! ここまできて、まだサボるつもりかっ!? 往生際が悪いねんっ!」


 悪いことは何もしていないのに、メイに頭を叩かれた。

 なんで、偉大なる魔王様がこんな目に……。


「そんなことより。私たちは、なぜ『海』にいるのだ?」

「極悪スナック経営者に、安い労働力として売りに出されたからだよ……」


 俺たちは今、海――というか、港にいた。


 そして、『おいたん』なるメイの親戚が所有するという怪しげな漁船に連れ込まれんとしていた……!


「おいたーん! アルのおいたーん!」


 怪しげな漁船に乗り込むなり、メイが誰かを呼ぶ。


 どうせ、ろくでもない親族が出てくるんだ。

 俺にはわかる。詳しいのだ。


「約束の『腕自慢ども』を連れてきたでーっ!」


 つか、腕自慢ってよぉ……まーた、なんか厄介な力仕事をさせるつもりか?


「あれ? おらんのかいな?」

「よし、帰ろう」


 用が済んだので帰ろうとするなり、逆光を背にして何者かが現れたッ!


「おいたんなら、ここにいるぜえええええええええええええええええええええッ!」


「「なんだ、このおっさん!?」」


 戸惑う俺たちの前に現れたのは――ッ!


 こんがりと焼けた肌と隆起する筋肉に包まれた巨躯! 太陽を乱反射する黒眼鏡! キュッとケツを引き締めるふんどし! そして、鋭角に刈り込まれた角刈りッ!?


「オッス! おいら、アルアル・クールジェイ! 漁師でいッ!」


 とんでもなく暑苦しい角刈りの半裸漁師が、俺の目の前に現れやがったッ!


「え? なに、なんなの? 勢いが怖い……! ふんどししか装備してないのも怖い……あるあるって、なに? ぜんぶこわい……こわいよぉーっ!」


「漁師あるある~、今から言うよ~。漁師の肌、日焼けで黒光りしがち~っ!」


 暑苦しいおっさんは、漁師あるある――あるあるなのか、知らんけど――を口ずさんでから、『ニカッ!』と白い歯を見せてバッキバキの笑顔をかましてきた。


「頭痛くなったから、帰るわ」


 本能的にろくでもない未来を予知したので、速やかに帰宅することにした。


 ろくでもない不幸に見舞われたときに、世間から自業自得だの自己責任だのの言葉を浴びせられがちな昨今だが……災難というものは、『いつも他人がもたらす』のだ。

 つまり、厄介そうなやつを見たら、即座に退避しなければならないッ!


「帰るなっ! 仕事はこれからやっ!」

「ぐっ! 放せ、メイ!」


 唐突に戦闘力を発揮したメイが、俺の腕を強く掴んで離さない!


 ちびっこなのに力強い! こわい!


「おいたん! 漁の助っ人を連れてきたでっ! 二人とも、あいさつしぃや!」


 メイに背中を押し出されて、自己紹介することになった。


「フール。帰りた~い」

「アンジェ。お腹へった」


「がはは! メイ! 腹の据わったいい顔をしている奴らを連れてきたなッ!」


 俺とアンジェの肩を叩いたおいたんが、『ニカッ!』と白い歯を見せて笑う。


「おいたんは魚ばっか見てるから、人を見る目がなくなったんと違う?」

「え? メイちゃん、辛辣じゃな~い? ひょっとして、おいたんのこと嫌いなの?」


 ものの数分で理解した。

 この『おいたん』も、歴とした『メイのしんどい親族』だと。


「そんなことより、マーガレット! ここへ来て、新入り達に挨拶しろぃ!」


 おいたんがメイ一族特有のクソデカイ声で、誰かを呼ぶ。


 マジか!? 変なやつが、さらに増えるのかよッ!


「はーい!」


 戦慄する俺の前に、新手のメイ一族が現れる……ッ!


「オッス! 新入りの皆さん! 自分は『マーガレット』ッス!」


 現れたのは、ふわりとした金髪おさげに、優しげな目とかわいげな顔をした――。


「ぎゃあーっ! 異常にムキムキな少女なのだぁーっ!?」

「げえーッ! なんだこいつはァーッ!? スゲー筋肉だァーッ!」


 おまけに、デケェ! この魔王が見下ろされているぞッ!


 表皮を突き破るかのように隆起した筋肉の鎧を身に纏い、丸太のような腕の先は、岩の塊を思わせる拳骨。ぶっとい大腿四頭筋は、馬を蹴り殺せそうだッ!


「君、いい体してんねぇッ! なんか武術とかやってんの?」

「オッス! 自分は生まれてこのかた、漁師一筋ッス!」


 漁業だけでこの体を作り上げたのかッ!

 バカにされがちな使えない筋肉などではなく、完璧なる実践型の筋肉美少女や!


「素晴らしい! まっすぐに育った筋肉は信頼ができるッ!」


 マーガレットなる少女のあまりのガタイの良さに、思わずはしゃいでしまった。


「オッス! ありがとうッス!」


 野に咲く花のように可憐な笑顔だが、体は荒野を駆ける野獣のように強靭だッ!

 この緩急が付き過ぎているギャップが、わくわくさせてくれる!

 こういうのでいいんだよ。こういうので!


「骨太だし、素直だし、可憐だし、好感しか持てねェッ! 君は、俺がパンドラで出会った女性のなかで、最も魅力的だッ!」

「あ……あの……あんまり褒められると、恥ずかしいッス……オッス」


 なんと! この街の人間に全般的に欠如している『恥じらい』がある!

 ますます気に入った!

 恵まれた体格に授けられしは、穢れなき乙女の心……まさに、完全体美少女だッ!


「マー姉ぇ。無職に気に入られても、なんにもならへんよ」


 見ろ。邪悪強制労働少女のメイのこのひねくれ具合!

 まったくもって、度し難い。


「マーガレット殿が、『異常にムキムキ』なのは、漁で毎日魚を食べているからか?」


 そして、馬鹿かつ失礼な質問しかできない大うつけ勇者よ。


「自分は、お母さんが『ドワーフ』なんス! それで、人より多少たくましいんス」

「多少ではなく、異常にたくましいのだっ! こんなムキムキでドデカいドワーフ見たことないのだっ!」


 ドワーフ――小柄ながら筋骨隆々な体躯と、並外れた屈強さをもつ亜人種族。


「なんかデカい奴が多い感じのメイ一族の男に、筋骨隆々のドワーフの女を掛け合わせると、マーガレットちゃんのような巨大筋肉少女が生まれるのか……」


 生物の不思議な力に感心していると、アルアルのおっさんがはしゃぎ出した。


「自己紹介も終わったし、出発進行ッ! きゅうりのおしんこおおおおおおーッ!」

「うるせぇおっさんだな。メイの一族は、みんな声がデカ――ん?」


 なにぃぃぃ~ッ!?

 いつの間にか、船が出航しているだとォーッ!?


「ヤバい! ただちに逃げなくてはッ!」


 こんなところにいたら、強制労働させられてしまうッ!

 沖に連れ出されたら、帰宅困難は必定ッッ!

 今逃げなければ、一巻の終わりだッッッ!


「ねぇ、おいたん。ここのレバーを引けばええの?」

「よーそろーッ! レバーを引いたら全速前進でいッ!」


 メイの馬鹿たれが謎のレバーを引くなり、船が急加速したァーッ!?


「スゴいだろ? おいたんの船は、帆船ながら『魔導式発動機』搭載でいッ!」

「機帆船ってゆーやつやな」


 はあ!? 蛮族の漁船のくせに、なんでそんなもん積んでんだよッ!?

 まだ泳いで帰れる距離のうちに逃げないとッ!


「マーガレット殿。この縄を引っ張ると、帆の布が開くのか?」

「そうッス! そこの縄を引っ張ると帆布が開くッス!」

「そりゃああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 アンジェの馬鹿たれが、大張り切りで船の帆布を開く。


「やめろ、馬鹿たれ! 余計なことをするなァーッ!」


 馬鹿アンジェを叱りつけると同時に、謎の突風が吹き荒れたッ!?


「げぇーっ! 最悪だ! パンドラの山からの吹きおろしだッ!」


 突風を受けた帆船がさらに加速するッ!


「ああっ……陸地が……ッ!」


 なんてことだ……もう完全に逃げられなくなってしまった……。

 いや、海に飛び込めば逃げられるけど……。

 高波の海で泳ぎたくなんてないッ!


「大丈夫ッスか!? フールさん、船酔いッスか!?」

「大丈夫、平気だよ……マーガレットちゃんは、優しいね」


 マーガレットちゃんの優しさに触れても……。

 今は切ない苦笑いを浮かべることしかできねぇ……。


「こら、フール! どさくさに紛れて逃げようとしとったみたいやけど、残念やったなっ! 海での楽しいお仕事の始まりやっ!」


 メイめ……。

 どうあっても、この俺に強制労働させる気だな……!


「で? メイちゃんは、俺になにさせようってんだよ?」


「おいたん、言ったげて!」

「おいたん、言っちゃうよ!」


 早く言え。


「聞きたいか、おれっちの武勇伝っ!」

「聞きたくない、仕事内容をさっさと言え」


「でい、でい、ででい、でい!」

「そういうのいいから、早く!」


「『釣り』でいっ!」


 釣り――獲物を釣り上げることで狩猟本能を満たし、なおかつ、自分で釣った魚で腹をも満たすという、意外に欲張りな趣味だ。

 ともすれば、文明人が忘れがちな『生き物としての根源的な欲を満たす』至高の行為ともいえる――。


「下らん。釣りなどせんわ」


 だが、労働でするとなれば、途端に苦痛の色合いを帯び、唾棄すべき行為と化す。


「てやんでい! 釣りは釣りでも……でい、でい、ででい、でい!」

「そういうのいいから」


「『巨大人喰い鮫を釣り上げる』んでいッ!」


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 俺の漁業体験は、初っ端から地獄行き確定だった。

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