第100話 カタギって、なぁになぁに?

「大丈夫だろ。島を守る『こわ~い魔女様』たちが、なんとかしてくれるだろうよ。それに、住民どもも流刑者の子孫だけあって無駄に荒くれてるし、外の世界の連中が勝てるとは思えん」


「そう言われれば、そうやなぁ……」


 などと言いつつも、メイは不安げに瞳を揺らす。


 すると、アンジェはなにを思ったか、威勢よくドンとデカい胸を叩いた。


「大丈夫なのだ、『私たち』がいるっ! 悪いやつらが来ても、メイ殿には指一本触れさせないのだーっ!」


 元勇者の名に恥じない、勇ましき心意気を遺憾なく発揮するアンジェだった。

 これは、応援せざるを得ない。


「勇者様、がんばえ~っ!」

「お前も頑張るのだっ! 何を他人事のように言っているのだっ!?」


 フン。知ったことではないわ。


「そうやで、フール! おまはんの衣食住は、うちが面倒を見てやっているんや! その分、有事の際はしっかり働くんやでっ!」


「いやだ」


 好きなものは好きだとハッキリ言ったほうがいいように、嫌なこともまた嫌だとハッキリ言わねばならない。


「フール……あんた、パンドラに来てどんぐらいや? いい加減、自分と向き合わないと成長せんよ? そうやって逃げてば~っかりは、あかんっ!」


 メイはいつものようにキレるのではなく、なぜか真剣な顔で諭すようなことを言ってきた。


「『逃げ』って、なぁになぁに?」

「働かんこっちゃ。いつまでも無職はあかん」


「働かない無職はあかん? なんでぇなんでぇ?」

「無職の怠け者らしいふざけた質問をするなっ! 働かざる者、食うべからずだっ!」


 同じような身分のくせに、なぜか上から目線でイキってくるアンジェだった。


「客観的に見て――働かない怠け者がいたとして、それって『食うべからず』と生存を脅かされるぐらいの罪なんですか? 怠け者でも生きていきたい、と願うのは高望みなんでしょうか? それって、『仕えていた王様を殺した罪』より重いんですか?」


「貴様ぁーっ! 私に喧嘩を売っているのかぁぁぁーっ!」


 罪人娘が唐突にキレて襲いかかってきた。


「ひねくれたことばっか言わんでええねん! ほどほどに生きられるぐらいは自分で稼げってゆーとんじゃいっ!」


 なぜか、メイまで一緒になってキレてくる。


「なぜ?」

「なぜって、生きるのにはお金が要るからや!」


「メイちゃんの生活費を奪っていた元凶である借金は、もうなくなったでしょ? この俺の活躍によってなァッ!」

「やめろ! 大きい声出さんでええねん!」


 俺は真実しか言わない。

 嘘をつく理由が特にないからだ。


「俺は『契約』によって、借金漬けのお前を『助ける』ために渋々働いてやっていたのだ。だが、その借金がなくなった今、この俺が働く必要はどこにも存在しない」


「借金はのぉなっても、おまはん自身の日々の生活費を稼ぐために働く必要があるんや。『契約』によって、うちがおまはんの衣食住を面倒見てやるって言っても、無い袖は振れんのやからな」


 言い訳ばかり達者なガキよ……。

 どうあっても、この魔王に苦役を強いたいみたいだ。


「チッ……うっせーな。悪人からカツアゲしてくればいいんだろ? はいはい」

「待て、待て、待てぃーっ!」

「なんだよ?」


 そこら辺で適当なマフィアかチンピラでも捕まえてカツアゲしてこようとすると、メイが俺の肩を掴んできた。


「あかーん!」

「あかーん、ってなんだよ? どういう意味なんだよ」


「ダメってことや! お小遣い稼ぎ感覚で、カツアゲをすなっ!」

「はあ? お前が、『働け』だの、『金稼いでこい』だの言うから、おとなしく言うこと聞いてやってんじゃねぇか」


 言っていることが滅茶苦茶だ。メイは心の病気なのか?


「そういうことちゃうわ! 犯罪すなーっ!」

「犯罪ぃ~っ? 世に蔓延る悪人どもから金を巻き上げて、何が悪い? 悪人が善人から奪った金が、健康優良好青年の俺の手に移るだけの話だ。むしろ、『推奨されるべき善行』だろうが!」


「ええように言っても、ダメなもんはダメや。犯罪はあかん! 汗水たらして真面目に働くんや!」

「はああああ~? 労働奴隷になれというのならば……断るッ!」


「じゃかましい! 四の五の言わず働けええええええええええええええええーっ!」


 なんなのだ、この狂気の労働強制ロリエルフは……?

 この偉大なる魔王様が、凡愚のように労働などするわけないだろうがッ!


「水を燃やすことができないように、火を溺れさせることはできない」

「はあ? なんやねん?」


「この世界には、『やらせようと思っても決してできない』ことが、あるということだ。俺は、『絶対に労働など絶対にしない』! 絶対にだッ!」

「絶対絶対うるせぇっ! 働け、金稼げええええええええええええええええーっ!」


「うっせぇなぁ! 金稼ぎなら、悪人からカツアゲしてくるつってんだろッ!」


 話のわかんねぇガキだな。

 段々、イラついて来たぞ。


「だからぁっ! 真面目に働けっちゅーとんじゃああああああああああああーっ!」

「金ってのは、家族を養ったり、親切を施したりできる一方で、麻薬や武器を買ったり、ときには他人の尊厳も人生も奪うことができる悪魔の発明品よ」


「なんの話やねん!? 話を逸らすなっ!」

「そんな金を稼ぐのに、真面目だとか犯罪はダメだとか、甘っちょろいんだよッ!」


 魔王様は、綺麗ごとでも露悪でもないちょうどいい塩梅でいいこと言うなぁ~。


「テメーは、『金稼げ』だの、『働け』だの言いながら、俺のやりかたにケチつけやがって、どーいうつもりだ? なーにが、真面目に働けじゃ! 世の中の金持ちは、一人残らず『みんな悪人』じゃねぇか! 世間体と心中する気かよ、俺はごめんだね」


「す……筋金入りのワルや……! やってることはチンピラのくせに、世界観と労働観が、社会に反逆する思想を持つ類の犯罪者そのものやっ!」


 なんかしらんが、メイがわなわなと戦慄する。


「金稼げだの、仕事しろだの、くだらねぇことを上から目線で命令してくるくせに、俺がいざ働いて金稼いで来たら文句ばかり……メイちゃんは、精神疾患持ちなの?」

「それはお前じゃっ! 過激な反社会的思想を持つ犯罪者は、お店には置けん! 出ていけぇぇぇーっ!」


「はあ? なんでだよ?」


 そう言うなり、メイとアンジェが同時に騒ぎ出した。


「それがいややったら、カタギになれっ!」

「そうだ、そうだっ! カタギになるのだっ!」


「けっ。カタギってなんやねん」


 わしゃ、魔王様やぞッ!

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