第3章 海だ! 水着だ! 人喰い鮫とクラーケンだァーッ!?
第99話 楽しいピクニック
「もう疲れた。ここらで食おうぜ」
「お前は、ジジイか。たいして歩いとらんやんけ」
メイがなんか言っているが、無視して適当な岩に腰掛ける。
俺は休日にもかかわらず朝からメイに叩き起こされ、よくわからない行楽に連れ出されていた。
「ほら! もうひと頑張りで、頂上やでっ!」
「小高い丘と聞いていたのに……険しい山やないか……っ!」
「文句言わんでよろしい。ほら! 見て見て、島が一望できるんやでっ!」
山の頂上からは――東は、先日の魔獣がいた山。西は、俺の住む街。南に、漁港と浜辺。背後の北には、孤島と乱立する古城。そして島の中央には、天高くそびえる塔――パンドラの島と街が一望できた。
「東の山では熊とトロールの死体に襲われ、西の街ではマフィアやら罪人勇者やらに襲われ、南の漁港ではエドムの刺客に襲われ……」
ちょっと待って、おかしないか?
なんでぽれは、隠居の地で血まみれになってんの? 泣きそう。
「素晴らしい光景だね。まさに、痛み無くして得るものなしってやつだよ」
「また、大げさやな……でも、そうね。疲れても、お山に登ったかいはあったやろ?」
「パンドラは、三日月みたいな形の島だったのだな」
「昔は、ちゃんと丸かったみたいよ。北の海にある離れ小島は、もともと本島とくっついてたんだって。それを魔女様たちが切り離して、魔女の学校を作ったんやってさ」
島を切り離すようなヤベー魔女が作った学校ねぇ~。
「それにしても、いい風だ。口うるさい小娘にパシリにされた疲れが癒えるようだよ」
いつも辛いことばかりの魔王様を慰撫するかのように、爽やかな潮風が吹く。
「しょうもない皮肉は言わんでよろしねん。男やったら、女の子の荷物を喜んで持つもんやで」
青空の下での穏やかなる休息――隠居生活にふさわしい休日だ。
従業員の親睦を深める行楽などという体で、休日出勤させられていなければな!
「前から思っとたんやけど……フールは、ほんまに魔族なんかいな? 魔族特有の迫力が皆無やで。見た目も人間そのものやし」
「メイちゃん、眼鏡かけたほうがいいんとちゃいますか? フール君、むっちゃ迫力のある硬派な魔族ですやん」
人を見る目がないメイに、今年一番の決め顔を見せてやる。
「どこが硬派やねん、ふにゃふにゃでとろけとるわ。そうやろ、アンジェ?」
「その通りなのだっ! スライムよりもふにゃふにゃなのだっ!」
けっ! こいつにだけはなんも言われたくねぇッ!
「そんなことより。歩き終わったということは、ごはんを食べてもいいのかっ!?」
アンジェは今日も今日とて、腹減らし娘だった。
「はぁ~……おまはんらはほっんま、情緒も風情もへったくれもないやっちゃなぁ」
空腹の犬みたいなアンジェを見るなり、メイがため息をついた。
「おまはんらを『一緒に働く仲間』やって認めてやったから、特別にうちの秘密の場所に連れてきてやったんやぞ。他に言うことあるやろっ! 『わぁ! パンドラの街が一望できて素敵やん!』とか『ここから見える海はキラキラ光って、まるで宝石箱やあ!』とかさあ。なんかあるやろっ!」
「んなことより。なんで、弁当に出汁で炊いたナスなんか持ってきたんだよ。数ある料理のなかで、なんでそれを選ぶねん」
「フール! 出汁で炊いたナスはすごいおいしいのに、文句を言うなっ!」
「おい、アンジェ。服に汁がこぼれて出汁の臭いがするぞ。この出汁娘が」
「誰が出汁娘だっ!」
「お前ら、人の話を聞けえええええええええええええええええええええええーっ!」
邪険にされたメイが、大声で騒ぎ散らす。
「メイ。ナス以外に食べ物はないのか?」
「ないのかって、なんやねん? かわいい女の子にお弁当作ってもらっておいて、文句言うんか……?」
なんかしらんが、メイがすごんでくる。
「そうではない。アンジェが、『ナスを全部食っちまった』んだよ」
この一瞬のやり取りの間で、アンジェは出汁で炊いたナスを完食していた。
この異次元の食いっぷり……もはや人ではない、と確信をもって断言できる。
「アンジェ、食べるのが早すぎやーっ! いただきますも言っとらんやんけっ!」
「メイ殿。お弁当は、これだけしかないのか……?」
死にそうな顔のアンジェが、メイを情けない上目遣いで見つめる。
「心配せんでも、大喰らいのアンジェのために、マグロの揚げ物と焼きたてのパンを持ってきたわっ!」
「わあっ! マグロの揚げ物と焼きたてのパン!」
メイが別の弁当箱から取り出したのは、小麦色にカラッと揚げられたマグロの切り身と、輪切りにされた新鮮な玉ねぎやら、みずみずしい野菜だ。
「マグロの揚げ物は、重めの水溶き小麦粉に細かいパン粉をまぶしてサッと揚げることで、中しっとり外サクサクになっとるんや」
「わあっ! 揚げ物の理想形なのだっ!」
「そいつに、キュウリの酢漬けとゆで玉子と香辛料をみじん切りにして混ぜ込んだメイちゃん特製のマヨネーズをかけて、さらに付け合わせの薄切り玉ねぎや葉野菜を重ねて、仕上げにチーズも乗せて、今朝焼いたパンに挟んで食べれば……至福のひと時の完成やでっ!」
相変わらず、ガキのくせに料理だけは大人顔負けに上手い娘だ。
「ほら、アンジェ。お食べっ!」
「わーいっ! 食べるーっ!」
メイが得意げに差し出したパンを、アンジェが目にも止まらぬ早さで受け取る。
「うまうまっ!」
「あはは。アンジェは、ほんまおいしそうに食べるなぁ」
などとメイが言い終わる頃には、アンジェはパンを食い終わっていた。
「獣のようにかっ喰らうだけでなく、人ならば味を表現しろ」
「もぐもぐ。うるさいのだっ! それより、パンドラに来て驚いたことがあるのだ」
「なんや? 急に真顔になって、どないしたん?」
アンジェが遠くを見つめる。
「この島は、まるで魔族との戦争なんかなかったみたいに、平和で豊かだ。ごはんもいっぱいあるし、なによりおいしいっ! 外では、おいしいごはんどころか、ごはんが食べれないことすらままあったのに……パンドラは、不思議な場所なのだ」
「パンドラは、島を囲む大海と魔女様たちの魔法の結界のおかげで、外の世界からは隔絶されとるからな。外の世界の戦争とか関係あらへんのや」
素晴らしい立地だと断言できる。
だからこそ、カスどもから隔離されたこの島を隠居の地に選んだのだ。
ただ一つ残念なことがあるとすれば……ここが蛮族の土地パンドラということだ。
「とはいえ、絶海の孤島パンドラも、最近は雲行きが怪しいけどね……最近、この前の戦争の敗残兵が人間・亜人・魔族問わず、島に流れ着きだしたからなぁ……パンドラで戦争になったらどないしよ……?」
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