第97話 夜の向こうへ行っちゃいな!

 次の瞬間、屍胎骸の血を媒介に召喚された蠱惑の神獣が、この場に顕現する。


 黒い血の池から、ぬぅと姿を現した不安定に脈動する異形の女が、屍胎骸の巨躯に艶めかしい両腕を絡ませる――。


「我が敵を、闇深い夜の帳へ攫え」


 蠱惑の神獣の背中に黒い翼が生え、力強く大きく羽ばたく!


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 蠱惑の神獣に掻き抱かれた屍胎骸が、血の池から飛び立ったッ!


「凡愚、凡愚、凡愚! どんなに化け物じみた姿だろうが、所詮は見かけだけに過ぎない! どいつもこいつも、愚かで凡庸! 運命の輪の内に閉じ込められたまがい物が、その外に在る偉大なる魔王の運命に触れられるわけがないのだッ!」


 目指すは、遥か遠くの太陽が消えた夜の闇だ。

 そこは、太陽に照らされた現世とは違う別の世界――常世。


「お、おい……屍胎骸を攫った女の化け物は、どこへ行ったのだ……?」

「永遠の夜の世界だよ。命懸けの同伴出勤ってワケ」


 これにて、屍胎骸退治完了!


 まったく、不愉快で不潔な死にぞこないめ。

 この俺に時間外労働なんぞさせやがって、許さんぞッ!


「な、なんだ……先ほどまでの腑抜け顔からは、想像もつかん禍々しい魔力はっ!? 神獣召喚ってなんなのだ、魔族の禁忌の邪術なのか!? いや、古の天変地異級魔法っ!?」


 俺の魔法を目の当たりにしたアンジェが、心の底から戦慄している。


 まぁ、そりゃそうだろうよ。

 偉大なる魔王様の超絶すげー魔法だもんなぁーっ!


「そんな大層なもんじゃない。ただの手品だよ」


 普通の男であれば、思わずイキり散らさずにはいられない場面だろう。


 だが、そこは思慮深く謙虚な魔王様。慎ましやかにあしらうだけさ。

 というか、隠居生活を送る上で悪目立ちしてもいいことなんて一つもないので、適当に誤魔化すのだ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 誤魔化しついでに、アンジェも葬っておく。


 これぞ、一挙両得、一石二鳥!

 二兎を追う魔王はしっかり二兎得る、だッ!


「おい、フール! さっきの変な女の化け物が襲いかかってきたぞっ!? 私にっ!」


 隠居生活に事を荒立てぬように偽装工作してからのぉ~……。


「しまった、神獣が暴走した! これは俺の過失じゃない、神獣の手の届く範囲にいたお前が悪いッ!」

「なんだとぉぉぉーっ!?」


 復讐☆大成功ッ!


 この世界において、凡愚はどうあがいても、偉大なる魔王様には勝てないのだ!

 その理を馬鹿面で踏破しくさるクッソ忌々しい小娘とも、ここでおさらばよッ!


「な、なんだ、お前はっ!? 触るな、抱き着くなっ! は、放せぇぇぇーっ!」


 嗚呼……思い返してみれば、あの時は事象に狂いが生じていただけなのだ。


「ひゃんっ! ど、どこを触っているのだぁぁぁーっ!」


 馬鹿な不死王の裏切りとかあったしなぁ~……。

 あれがあったから……というよりも、『あれがなければ俺を倒せなかった』のだから、この勇者様は『まがい物』なんだよねぇ。


「ひぃぃーっ! 数が増えたのだっ! 三人の女が……いや、五人いるぞっ!」


 それでも、勇者であったアンジェは曲がりなりにも俺を倒したことで、その使命を果たした。

 ゆえに、やつは『大いなる運命の流れ』から外れた――と考えていいだろう。


「おい、やめろ! 服のなかに手を入れるなっ! 後ろのお前は、脱がそうとするなっ! 左右のお前らは、そんなところを……まさぐるなぁぁぁーっ!」


 これまでのアンジェは、『人類の救世主という役目』があったから、死と破滅がぶつかり合う運命の激流のなかで、奇跡みたいに生き残り、祝福されたように勝利していただけのこと……。


「ちょっ! やめっ、やめるんだ……そ、そこは……だめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」


 つまり、勇者としての役目を終え、ただの『食い逃げ犯の馬鹿ホステス』と化したこいつに、魔王である俺の殺意から逃れる術も道理もなしッ!


「ふはははーっ! 蠱惑の神獣に抱擁され、逃げることもできずに、宵闇の彼方に消えろッ! 罪深き馬鹿勇者がァァァーッ!」


「ぎゃぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ざまァ! 復讐さっいこぅーっ!

 史上最高のスッキリ感には、魔王様も思わず大満足!


「こんの……馬鹿魔王おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 私まで巻き込むなあああああああああああああああああああああああああああっ!」


「げええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!?」


 アンジェが蠱惑の神獣どもをしばき倒して、力づくで逃れてきたァァァーッ!?


「お前らは、いつまで人の胸やお尻を触っているのだっ!? 変態神獣、成敗―っ!」

「なにぃぃぃーっ!? 魔力で形成された常世の存在である神獣を、こともあろうに素手でしばき倒しただとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 ぜ、前言撤回だッ!

 こいつは、この世界の法則をぶっ壊すぐらいの大馬鹿ゆえに、万物の魂が紡ぐ物語の外にいるッ!

 だからこそ、破滅の渦に巻き込まれない! 死神に魂を奪われない!


「おりゃああああっ! いい加減、私から手を離せええええええええええええっ!」


 魔王の魔法を喰らっても死なないし、常世の存在の神獣をしばき倒すんだあーッ!


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!」


 はうあ! そういうことかっ!


「フール、そこを動くなっ! お前は、おしおきしてやるっ!」

「う、嘘でっしゃろ……ッ!?」


 この俺が破滅を避けるために『道化の愚者』を演じているのと同様の事を、この馬鹿勇者は『無意識かつ生粋の性質』として行っているのだッ!

 つまり……勇者とは、世界に選ばれし『類い稀なる大馬鹿者』……ってコトっ!?


「素晴らしいぞ、勇者アンジェリカ! お前の突き抜けた馬鹿さ加減に、一種の感動を覚えているッ!」

「なんだ、その意味わからん反応はっ!? まず謝れえええええええええええーっ!」


 神獣にもみくちゃにされて半裸になっているアンジェは、ともかく!

 恐怖、驚愕、わくわく、ドキドキ!

 いろんな感情が渦巻き、体の震えが止まらんってばよ!


「アンジェ、俺を困惑させるな! 速やかに服を着て、七割出ている乳をしまえッ!」

「えっち!」

「ぐはあああーっ!」


 神獣の次は、俺をしばいてきたッ!?

 こ……こんな『世界の理の埒外の化け物』が、自分の運命に付き纏っていると考えるだけで、気が狂いそうだッ!


「も、もう帰ろう……速やかに帰宅し、お風呂に入って安眠しないと、気が狂ってしまう……ッ!」


「帰るなっ! ドスケベ神獣ともども、私に謝れええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!」

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