第96話 再び出た! 魔王様の必殺技ッ!? 神獣召還!

「声を荒げるな。無礼者どもはどうなろうと知らんが、『屍胎骸は討伐する』」


「さっきから、私に怒られるたびに『反射的に偉そうなことを言いまくって誤魔化しているだけ』ではないかっ! ちゃんと行動で示せーっ!」

「大声を出すな、うるさいやつめ。お前みたいなもんに言われんでもやるわ」


 まずった……おふざけの方向を間違えたかもしれん。

 空気の読めないノリの悪いアンジェを巻き込んだせいで、状況が切迫してきた。


「俺は、今の生活が気に入っているのだ。平穏な隠居生活に、屍胎骸などがうろちょろしていては困る」


 可能性は低いが……下手をすると、死ぬかもしれんぞ。

 最悪の場合は、『俺が屍胎骸化してしまう』ことも普通にありうる……。


 これは流れを変えないと……かなりマズいッ!


「メーイちゃあああああああああああああああああああああああああああ~んっ!」


「な、なんやっ!? 急に大声を出すなっ!」


 アンジェが俺の因果を悪い方にかき乱す小娘ならば、メイは俺の因果を良い方にかき乱す小娘だ。

 今みたいな混沌とした状況下では、メイを中心に物語を進めないと破滅の渦に巻き込まれてしまう……!


「たった今、きしょい化け物にぶっ殺されそうになったのだけれども……そん時になぜか、メイちゃんの顔が浮かんできたよ。これは、どういうことだろう……?」


「はうあっ! そ、それはっ!? まさか、まさかの……っ!?」


 メイが俺を熱っぽく見つめて、あどけない顔を赤らめる。


「こ、こここ、恋――」

「ぢッがうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッッッ!」


 白目を剥いてぶっ倒れていたジジイが、唐突に復活したッ!?


「ジジイ……生きていたのか?」


「やめろォーッ! わしのかわいい孫に、ちょっかい出すんじゃねェーッ! お前みたいな勘違い男が、ただの知り合いとしか思われていないのに下心丸出しで前振りもなく告白して女の子を困らせるんじゃいッ! 死んでしまえィーッッッ!」


「『死んでしまえィーッッッ!』は、こちらのセリフだ」


 よし!

 いや。よくはない。


 だが、とにもかくにも、『馬鹿の流れ』になった。

 俺を掴もうとしていた破滅の渦は去り、因果律が仕切りなおされた……はずだ。


「フール! なにを遊んでいるのだっ!?」

「アンジェ。おふざけはやめて、仕切り直しだ」


 どんな窮地であれ、この偉大なる魔王様が、貧乏くじなど引くわけなかろうがッ!

 あとは、当たり前のように悠然と勝利を掴むだけよ。


「素早く理解して、迷わず実行しろ――お前は馬鹿だから、細かいことに疑問を持つな。何をするかだけを素直な心で理解すればいい。そうすれば、世界を統べていた俺が、世界を滅ぼした『お前を適切に運用してやる』」


「なんなのだ、貴様はさっきからっ!? いちいち偉そうで生意気だぞっ!」


 アンジェも先ほどのマジの顔から、いつもの気の抜けた顔に戻っている。

 それは、ちょっと困るのだが……。


 こいつは戦闘にさえなれば、即座に殺戮者に変貌するから問題はないだろう。

 たぶん!


「お前は、屍胎骸を攻撃して行動不能にしろ。俺は、奴が流した血で魔法陣を描く」


 俺は命令を下してから、持っていた剣をアンジェに投げた。


「やっと、やる気になったかっ!」


 アンジェが、飛んできた剣の刃を人差し指と中指で挟んで受け取る。

 間の抜けた顔のままだが、戦闘能力は十分過ぎると言える。


「俺は、ずっとやる気だ。やる気になってないのは、お前だよ。アンジェちゃん」

「ふん、ふざけたやつだ!」


 アンジェが指で挟んでいた剣を宙に放り、くるりと回った剣を掴んで構える。


「事実だ。お前にやる気があるのならば、もう動いているはずだからな」

「ふんっ! 『行動不能』にすればいいのだったなっ!」


 乱暴に吐き捨てられた言葉が、俺の耳に届く頃には既に……。


「グヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 アンジェは、屍胎骸の脇腹に剣を刺していたッ!?

 しかも、しっかり剣を『横にして刺して』いるッ!


「あばらの骨に刺さって剣が止まらぬように刃を横にして『確実に心臓を貫き』にいきやがっただとォーッ!?」


 普段はただの大喰らいのバカな小娘だが、戦闘になるなり百戦錬磨の勇者に戻りやがる……。

 本当に得体が知れず、恐ろしい奴だ……ッ!


「心臓を貫いたッ! フールの仕事は、私が片づけてやったぞっ! 血がいっぱい吹き出ているぞっ!」


 かつて、こんな奴と戦っていたと思うと、心底ゾッとする……。


「馬鹿野郎、終わった感を出すなッ! トロールは本体じゃない、そいつは『屍胎骸の乗り物』だ! 心臓を刺し貫いても、屍胎骸が操る『トロールは止まらん』ッ! 頸椎を切断して五感を奪い、行動に制限をかけろッ!」


「けい、なんだっ!?」


 歴戦の勇者とはいえ、バカ娘であることには変わりなかったか。


「首だ! 『首を刎ねろ』! 無理なら、足首でもいい! 動けなくさせたい!」

「ええい! どっちだっ!?」


 アンジェとはいえ、森の木々とほぼ変わらない高さの身長のトロールに飛びついて、これまた丸太ほどの太さの首を刎ねるのは、少々難しいかもしれん……。


「足首の後ろを狙え、腱を斬れッ! 地面に倒せッ!」

「最初から、そう言えっ!」


 俺が命じるなり、アンジェは速やかに屍胎骸の両足首の腱を切り裂いた。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 俺が瞬きする間に、屍胎骸の両足の腱を切り裂きやがった……。

 鮮やかすぎる殺戮の腕前には、もはやただただ痺れるしかないね。


「これで、もう踏ん張れない。後ろから蹴り飛ばして、地面に倒して――」

「倒してっ!?」

「巻き添えくらいたくなきゃ、息を殺して地面に這いつくばっていろッ!」


 足元に流れてきた屍胎骸の黒い血に、そっと手を浸す。


「――我は運命を運ぶ者。死を定めし者。破滅の時を刻む者。汝の物語の結末は我が決める――」


 屍胎骸を殺すことはできない――なぜならば、『殺すべき命がない』からだ。


 では、どうやって疑似生命体のこいつを殺処分すればいいのか?

 腐敗した宿主肉体を、不浄な本体ごと滅してやればいい。


 凡愚でもわかるように説明してやるとすれば……。


「終わりゆく者の為に、死せる言葉を綴り始めよう。命尽きぬ亡者に、終焉の救済と希望を与えよう。魂を亡くして虚ろに彷徨う屍に、死の聖母の抱擁を――」


 押してダメなら、さらに押せッ!

 最終的にゴリ押しだああああああああああああああああああああああああーッ!


「偉大なる魂の力において命じる! 我が下僕たる蠱惑の神獣『リリス=フォカプティ=マルピリギィ』。その名を握る我が呼び声に応じ、『攫う力』にて、命を弄ぶ邪悪を闇に誘えッ!」


 超絶かっこいい魔王様の魔法発動ッ!

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