第95話 二人は、分からず屋
「俺は別に、ここにいる凡愚どもが一人残らず死んだとしても、何とも思わん。むしろ、ここだけの打ち明け話……けっこーマジで死んでほしいとさえ思っている」
「なんという邪悪な考えなのだっ! 隠居して大人しくていると思ったが、やはり危険な魔王のままではないかっ!」
「だが、お前は別だろう? か弱き人々を守るのが『勇者』だ。お前の行動理念は、そうであるべきだろう? なにせ、お前は『勇者アンジェリカ』なのだから……」
アンジェはなぜかしらんが、『勇者』という肩書に人一倍固執している。
「お前……私に『勇者』と言えば、機嫌がよくなると思っているだろう……?」
「貴様の機嫌など知らん、俺は何物にも阿らない魔王だ。そして、その『魔王が唯一認める勇者』が、お前だということよ」
おそらく、『少女アンジェリカ』ではなく、『勇者アンジェリカ』である限りにおいて、やつは凡夫どもに必要とされ、認められ、敬愛されていたのだろう。
「そして、魔族を退治するのは、『勇者』にしかできん。俺には無理なのだ」
「はうあ! た、確かに……っ!」
そして、魔王を倒すという目的を果たし、用済みになって棄てられた――。
「そうだ。私は『勇者』だ……! だが、軽々しくこいつの言葉に乗せられていいのか……? しかし、ここで戦わねば、多くの犠牲が出る……だがしかしっ!」
「色々と人生を悩みたいのだろうが……あまり、深刻でマジな空気をつくるな」
ある意味では、悲しく哀れな存在だ。
つっても、同情などせんがな。
俺に牙を剥いた罪人だし。
本来であれば、今頃は殺処分していた忌まわしき存在なのだ。
「私は苦悩しているんだぞっ! 深刻になるに決まっているだろうがーっ!」
「やめろ、殺気立つと破滅が近づくだろうがッ! この程度の窮地なんぞは鼻で笑って、寛いで危険を楽しめッ!」
「そんなことできるかーっ!」
だが、生憎と『とても利用価値がある』のだ。
懐かせておいて損はない。
くだらないわだかまりや私怨による処罰感情で切り捨てるには、惜しいものがある。
「そうすれば……聡明なる俺が、愚昧なるお前を勝利に導いてやる」
「信じられんっ! フールはさっきからずっと、私を煙に巻き続けているのだっ!」
アンジェが無駄に疑り深いところ発揮して、俺を試すかのように睨んでくる。
「心配せずとも、『屍胎骸は消滅させる』」
「むぅ……本当か?」
「本当だ。屍胎骸を放っておけば、この島を腐った肉と血だらけにしてしまうからな。そんなクソみたいな滅びは、俺の望むものではない」
「……疑わしい。お前は、世界を滅ぼそうとした前科がある。信じられない」
「お前は根本的に、『認識が間違っている』のだ。俺は、命ある者の味方だ。かつて世界に君臨せし、最高統治者だ。だから、偉大なる俺に仕えて目的を達成しろ」
勇者と言えど、所詮は仮初の救世主……箱庭の人間。いわば、魂なき家畜よ。
自らを由とできる魂の持ち主でなければ、『真実』が見えないのだな……。
「ほざけ! 誰が、お前などに仕えるかっ!」
「礼を失した扱いを受けて、気分が悪くなった。帰る」
もういい、家に帰ろう。
危険を冒したうえで不愉快さまでを我慢して、やることじゃあない。
「速やかに帰宅して、飯食ってから国外脱出でいっ!」
「ダメだっ! ここで帰らせるわけないだろっ! 戦ええええええええええーっ!」
アンジェのバカが、大声で叫ぶ。
「なんなのだ、貴様はッ!? 俺を信じない、俺の言うことは聞かない、さらに俺に反抗までしてくる! そのくせ、俺に戦えと言うッ! 不愉快だ、死ねェェェーッ!」
「私にやらせず、自分で戦えーっ! 私の隣で剣を持って、敵に突撃しろーっ!」
アンジェが俺の肩を掴むと同時に、屍胎骸が襲いかかってくるッ!
「グルヴァガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
なのに!
「放せ、馬鹿たれええええええええええええええええええええええええええーッ!」
アンジェが肩を馬鹿力で掴んでいるせいで!
「放さんっ! 戦ええええええええええええええええええええええええええーっ!」
身動きが取れないッ!
「じゃあ、その剣を寄越せええええええええええええええええええええええーッ!」
戦闘を強要してくるアンジェの手から剣を奪う!
「グルヴァガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」
即座に体を反転させて、振り下ろされた屍胎骸の拳を避けるッ!
「こうやって、動脈を斬り裂けッ!」
そのまま、体の回避の勢いを利用してッッ!
「さすれば、血が噴き出るッ!」
屍胎骸の手首を、バッサリ斬るッッッ!
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
手首が切り裂かれるなり、屍胎骸が耳障りな絶叫を張り上げた。
ザックリと斬り裂かれた手首の傷口から、どす黒い血が噴き上がっている。
「やっべーぞ! 屍胎骸の血だァ! 触ると体が腐るぞッ!」
「怪我してる人は、絶対に触っちゃダメ! 屍胎骸になっちゃうわよッ!」
「ごく潰し、嬢ちゃん! 無理すんな! さっさと逃げろーッ!」
赤狼遊撃隊の連中がビビり散らして、ぎゃーぎゃー大声で騒ぎ出す。
「うろたえるな、凡夫ども! 俺を誰だと心得るッ!」
「ただの無職のごく潰しじゃねぇかっ!」
べアトリクスの無礼者が、偉大なる魔王に許しがたい罵声を吐きかけてきた。
「お前達を助けてやる気が、完膚なきまでに消え失せた。全員、死ねばいいのだ」
愚かすぎて、怒る気にすらならん。
ただちに帰宅しよう。
こんなムカつく思いをして、なんで危険な目に遭わねばならんのだ?
「フールっ! どこへ行くのだっ!? 勝手に帰るなあああああああああああーっ!」
まーた、勇者気取りのアンジェの馬鹿たれが!
俺の邪魔をするぅぅぅ~ッ!
「流血させた屍胎骸を、暴走させたままにする気かっ!? 下手すれば、この場にいる全員が屍胎骸と化すぞっ!」
……アンジェがマジな顔になっている。
勇者としての経験から、『状況の危険度が上がった』と判断したのだろう。
これは控えめに言っても、破滅に足首を掴まれたな……。
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