第94話 急募! 生贄の血!

「流石だな。殺戮に手慣れてやがる……」


 アンジェが狙ったのは、濁った目と目の間……眉間だッ!


「指示するまでなく、脳を破壊しにいきやがったッ!」


 どんな獲物が相手でも、即座に適切な殺し方を選択して、速やかに実行する。

 まさに、殺戮者の鑑だねっ!


「よっしゃ! あとはアンジェに任せて、俺は帰宅するかっ!」

「待てーいっ! フール、どこへ行くつもりだぁぁぁーっ!?」


 帰ろうとするなり、アンジェに肩をガシッと掴まれたッ!?


「指示は出しただろう? あとは、お前が処理しておけ」

「ふざけるなっ! お前も協力しろーっ!」


 アンジェがなぜか、ものすごい剣幕でキレてくる。


「ふざけているのは、お前だ。お前は『誇り高き勇者』だろうが。死にぞこないの腐った死体ごときに怯えて、恥ずかしくはないのか? しっかりしろ、勇者ッ!」

「そういう話ではないっ! お前、まさか……『私をおだてて機嫌を良くさせることで、利用しようとしている』んじゃないのかっ!?」


 …………。


「やめろ、黙るなっ! 騙されてたみたいで、悲しい気持ちになるだろっ!」

「悲しい気持ちになる必要などない」


「なぜだ?」

「なぜならば、俺は『お前を騙してなどいない』からだ」


「本当か……?」


 アンジェが切なげに瞳を揺らして見つめてくる。


「本当だ。俺は嘘は言わん……俺は、『勇者としてのお前を信じている』だけだ」

「ならば、なおのことっ! 『私たち二人で』ことに当たれば、すぐに屍胎骸を滅せるだろうがっ! 私だけにやらせるなっ!」


 隙あらば、一緒にカチコミに向かうダチ公感を出してくるんじゃねェッ!


「この俺を買いかぶるのは、当然のこととして……それ以前の話をしよう。俺は、お前に殺されたわけ。んで、死の淵から蘇生したときに、『魔力を使い果たした』んだよね。だから、『現役時代の強力無比な力なんてない』のさ」


 無論、こんな情けない話は……。


 嘘だッ!

 ダルがらみしてくるアンジェを油断させるためのデタラメよ。


「嘘つきっ!」

「嘘つかないっ! さっきの熊に噛まれた怪我を治したせいで、魔力はないの!」

「嘘つき! フールは、嘘つき無職っ!」

「嘘じゃねぇつってんだろッ! 他者を信じる心を持てッ!」


 こ、こんガキャ~……なんで、見破ってきたんだッ!? おまけに、悪口までッ!


「見え透いた嘘ばっかり言いおってっ! お前は魔力がないのではなく、『頑張る力と生活力と説得力がない』だけだろっ!」

「ねぇ、さっき悪口言ったばかりなのに、なんでチクチク言葉を付け足してきたの?」

「うるさい! 本気を出せば、私と戦った時の力を出せるはずだーっ!」


 確かに……。

 アンジェの買いかぶりなどではなく、純然たる事実として――。


 この魔王様が本気を出せば、現役時代の力ぐらい余裕で出せるだろう……。


「馬鹿野郎! そんなことしたら、過労で調子悪くなるだろうがッ!」

「ジジイみたいなことを言うなっ! 過労死を恐れず戦えーっ!」


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァーッ!」


 などとやっていたら、屍胎骸が襲いかかってきたッ!


「なんなら、ちょっと熱出るし。場合によっては、しばらく寝込むッ!」

「まだ言っているのかっ!? 過労死する前に、撲殺されるぞーっ!」


 俺たちの目の前に立ち塞がる屍胎骸が、乱暴に拳を振り下ろしてくるッ!


「そんな大振りな攻撃など……当たるかよ」


 死にぞこないの攻撃なんぞ、当たるはずもない。


「グガァァァッ!」


「吠えても、無駄だ。かつて、世界を滅ぼした邪神の堕とし子といえど……獣の肉にすがっている限り、お前の手も牙も怨嗟の声さえも……この俺には届かないよ」


 などと、強者の風格丸出しでむっちゃイキってはみたが……。


「あいたっ! 巻き上げられた小石やら小枝が、当たっとるやんけ!」

「フール、うるさいぞ! はしゃいでる暇があるなら、戦えええええええええっ!」


 偉大なる魔王様としての全盛期と違って……今の無職状態では上手くかっこがつかないばかりか、わけのわからんお笑い要素的な感じで怪我をするのだがっ!?


「今の状況は、かなり面倒だぞ……屍胎骸の執念深さを考えると……ここから逃げても、家まで追ってきそうだ……!」

「まだ逃げるとか言っているのかっ!? フール、お前は頼りにならんっ! 私が、魔法を使う! お前は、そのための時間を稼げっ!」


 なにをしでかすかがわからんアンジェに魔法を使わせるのは、不安でしかねぇ!

 どさくさに紛れて、俺に魔法を叩き込んでくる気がするし!


「勇者はん、待ちなはれ」

「待たん!」


 ダメだ。

 もうおふざけが完全に通じない……。


「待て。あまりイキるな……お前が、どうしてもと言うのならば……この俺が、あいつを消滅させるための『神獣召喚』を使ってやるのも、やぶさかではない」

「なにぃっ!? やっと、やる気になったかっ! もったいぶりおってからにっ!」


 やる気など未だにないが、仕方がない……。

 ここでやる気出して屍胎骸を処理しないことには、仕事が終わらん。

 平穏なる隠居生活を守るためなんだ……面倒だが、やるしかないんだ……!


「魔法を発動させるには、各種儀式だの呪文詠唱だの道具の用意だの――『面倒な手順』が必要だ。だが、今の俺は弱体化しているから、それ以前に魔力の生成ができん」

「おいっ! 結局は言い訳して、サボるつもりかっ!?」


 せっかちな勇者様だ。


「俺が言いたいのは……今の俺が魔法を使うには、足りない魔力を補ってくれる『生贄』が必要だという話だ」

「なにぃっ!? 『生贄』だとぉ~っ?」


 面倒事は、アンジェにやらせよう。


「物騒な話ではない。生き物の命でなくていいんだ、『血』があればいい。お前は、『生贄の血を流せ』。大地を血で染めてくれ」


「はあっ!? 血など流せるかーっ!」


 屍胎骸の攻撃を器用にピョンピョン跳ねて避けているアンジェが、無駄に声を荒げる。


「お前の血ではない、『屍胎骸の血』だ。奴自身の血でもって、罪を贖わせる」

「それらしいことを言って、私を騙す気だろうっ!」


 一般論として――女は骨格と筋力の関係から力押しの戦いが不得手になるので、頭脳と直感を使って戦うようになる。

 だから、歴戦の女戦士に馬鹿者はいない。


「私を裏切った連中も、そういう感じで騙してきたのだ。もう騙されないぞっ!」

「この状況で、お前を騙してどうするんだよ? 常識で物を考えろ、馬鹿たれがッ!」


 だが、アンジェは常識と道理を外れた馬鹿だ。

 通常であれば、馬鹿は戦場で真っ先に死ぬ。


 しかし、アンジェのやつは、『馬鹿なのに生きている』……生き延びている……ッ!


「ふんぬーっ! 誰が、馬鹿たれだーっ! 私は、勇者だーっ!」


 きっと、突き抜けた馬鹿のみに宿る摩訶不思議な力で、万事をノリと勢いと力押しで乗り越えてきたのだろう……。


 だから、馬鹿は怖いのだ。

 常識ってものが、一切通用しない!


「人を馬鹿にしおって! やはり、お前は信用ならんっ!」

「怒りんぼのアンジェちゃん。先ほども言ったが、『信じる、信じない』は、無意味な問答だ」


「なにっ!? なんでだっ!?」

「なぜならば、お前は物事の真贋を見極められないお馬鹿ちゃんなのだからね」


「誰が、お馬鹿ちゃんだ! 馬鹿って言ったやつが、馬鹿なんだぞっ!」


 ……何も言うことはない。

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