第92話 アイツが死してまで襲いかかってきた理由

「こらぁーっ! おじいはんを勝手に殺すなぁぁぁーっ!」


 やれやれ。うるさいガキだよ。


「もうダメだ……将軍がやられたぁ……っ!」

「し、屍胎骸が出てくるなんて聞いてねぇぞぉぉぉーっ!」

「魔獣狩り用の猟銃じゃ、屍胎骸に太刀打ちできないわよっ!」

「気を付けて! あいつに殺されたら、あたしたちも屍胎骸になっちゃうっ!」


「「「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」」」


 ジジイがやられたのを見るなり、赤狼遊撃隊の腰抜けどもが一目散に逃げていく。


「わ、わぁっ!? ジジイの弔い合戦をしようとするやつが、誰もいないよぉーッ!」


 やはり、ジジイは部下から慕われていなかったようだな。


「むぅ。屍胎骸相手に猟銃では、さすがに分が悪いか……」


 勇者様は当然のように、勇ましく戦うかと思いきや……。


「私も逃げるとしよう」


 アンジェは引き際の良さを見せつけた。

 やはり、普段は馬鹿だが……戦闘においてのみは、賢い振る舞いをするのだな。


「おい、フール。一時撤退だ、ヨーゼフ殿とメイ殿を連れて退くぞ!」


 だが――。


「逃げるな、勇者アンジェリカ! 汝の本能は逃走ではなく、闘争を求めているッ!」


 ここでアンジェと屍胎骸をぶつけて、厄介者同士を潰し合わせよう。

 さすれば、俺の平穏なる隠居生活を取り戻せるはずだ!


「闘争など求めていない! 私は、戦闘狂ではないのだぞっ!」


「勇者アンジェリカよ……かつて、この魔王に弓を引いたのだ。ならば、最後まで魔族に対してツッパリきれよッ! 敵対するすべてを殺戮し、全滅させろォッ! それが、勇者だろうがァァァーッ!」


 この偉大なる魔王を、ろくでもない破滅の渦に巻き込んだ責任を取ってもらわねば、気が済まんッ!


「黙れ! 勇者は、殺人鬼でも破壊者でもない! 人々を救うために戦う者だっ!」

「お便りもらってます。魔大陸にお住いのトロールのボブさん」

「むっ!? なんだ、急に?」


「やっぱり、結婚式は絶対後悔しないように最高の式にしたいッス! だって一生に一度だけッスもん! 最高の式にすれば、『結婚して良かった❤』って、嫁さんを笑顔にできるし、自分の親にも嫁さんのご両親にも、子供たちをここまで育てて良かった思ってもらえるッスから! 将来、子供が生まれたら結婚式の写真を見せて、『パパとママは素敵な結婚して、今もとっても幸せなんだよ!』って言ってあげたいッス!」


「おい、フール……急に、どうした? 恐怖で頭がおかしくなったのか……?」


「……でも、俺は死んじゃいました。勇者に殺されちゃいました。嫁さんも勇者に殺されちゃったッス……自分、ただただ勇者が憎いッス! なので、屍胎骸になって復讐しに来たッスッ!」


 即興で適当に作った逸話だが……。

 こんな感じであることは間違いがないだろう。


 たぶん!


「やめろ! 『ッス、ッス、ッス』と、うるさいのだっ!」

「勇者様! 復讐に来たトロールのボブ君と、対戦よろしくお願いしますッス!」


「黙れっ! さっきから、なんの話をしているのだーっ!?」

「目の前にいるトロールの屍胎骸は、『お前に殺されたから、ああなってしまった』という話だよ。よって、後始末はお前がしろォーッ!」


 まったく。

 なんで、こいつは俺に尻拭いをさせようとすんだ?


「ふざけるなっ! なんだ、今の茶番はっ!? 無関係な私のせいにするなーっ!」

「無関係ではないが、茶番はともかく……」


「茶番って……やっぱり、遊んでいたのか!? こんな時に何を考えているのだーっ!」


「『屍胎骸は、腐敗した血肉をまき散らし、悪疫を蔓延させる』――そして、その『悪疫で死んだ者は新たな屍胎骸となり、また同じように悪疫を蔓延させる』……死と腐敗の無限連鎖だよ」


 恐ろしいねぇ……。

 屍胎骸はこわいなぁ~、って素朴に思うよ。


「ここで、勇者のお前があのトロールの屍胎骸を倒さねば、パンドラは屍胎骸で溢れ返る死の都となろう……」


 大げさな想像かもしれんが……ありえない妄想ではない確率の実現度だ。


「このなかで、『人々を救えるのは君だけ』だ……勇者アンジェリカ!」


「はうあ! わ、私だけ……っ!?」


 それは馬鹿なアンジェとて、前職での経験から理解していることだろう。


「勇者様にやる気がなくとも、そろそろ日が暮れる……陽の光が失せる暗い夜は、屍胎骸が活性化するぞ。屍胎骸との戦いは、太陽が出ているうちが勝負だ」


「……時間がない。フール、どうする?」


 状況をようやく飲み込んだ勇者が、馬鹿な小娘の顔から歴戦の戦士の面構えに変わる。


「どうするって……お前、屍胎骸と戦った経験は無いのか?」

「ある。あるが……その時は、聖女や賢者や聖騎士……『仲間』がいたのだ……」


 話の途中で、アンジェが突然どんよりと暗い顔をする。

 それから、頭を押さえて苦しみだした。


「あがが……っ! 賢者も聖騎士も私を裏切り、突然殺そうとしてきたのだぁーっ! 親友のように仲良く! いや、血を分けた家族のようにしていたのにぃぃぃーっ!」


 な……なんて、情緒不安定なやつなのだ……ッ!


「他にいた、戦士やら魔導士やら変態僧侶やら、私にやたらと付き纏ってきた暗黒騎士も私を裏切って、裏切ってええええええええええええええええええええええっ!」

「こわい! 不穏な発言が混ざる発作止めてっ!」


 こういう精神に異常をきたしているあぶねーやつが、自分の近くをうろうろしているという事実には、本当に恐怖と嫌悪感を覚えざるを得ない……!

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