第89話 仕事をする気になったが、仕事道具がねぇ!

「待て、フールっ! 逃げるな、お前もやるのだーっ!」

「頼むぞ、『勇者様』! 『お前にしかできん、みんなのために頑張ってくれ』っ!」


 適当におだてておいたから、屍胎骸はアンジェがなんとかしてくれるだろう。


「おい、ごく潰しィッ! どこに行くつもりじゃァーッッッ!?」


 ジジイはムカつくので、当然無視する。


「ごく潰し! てめー、また勝手なことしてんじゃねぇぞッ!」


 げぇーっ! べアトリクスまで追ってきやがった!


「狼に乗るな! 動物虐待女が! 自分の足で歩けッ!」


 どこまでもウザったい連中だッ!

 どうして凡愚どもは、俺を煩わせるのだァァァーッ!?


「フううううううううううううルーっ! 待てええええええええええええーっ!」

「馬鹿たれが、待つわけねぇだろッ! 『屍胎骸』が近くにいんだぞ! あんなものと因果を結べるかッ! 俺の平穏なる隠居生活が破滅してしまうだろうがァーッ!」


 振り返って、アンジェを怒鳴りつけてやる。


「「「げえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」」」


 すると、アンジェを筆頭に、その場にいる馬鹿どもが一斉に奇声を上げた。


 それと入れ替わるように――。


 地面がズシンと揺れて、周囲の木々がガサガサと不気味にざわめいた。


「あぁ~、もう駄目だぁ~……完全にろくでもない流れに巻き込まれちまった……」


 ゲンナリしながら毒づくなり、なんとも気味の悪い寒気を背中に感じた。

 次いで、鼻から脳まで一瞬にして腐らせるような『猛烈に嫌な臭い』が、辺り一面に漂う。


「なんでこんなことに……!? だから、仕事なんてしたくねぇんだよ……ッ!」


 全身から力が抜けるのを我慢しつつ、ゆっくりと後ろを振り返った――。


「グルヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そこに存在したのは、毛むくじゃらの巨人然とした異様な風体の化け物だった!


「無駄にデケェ……! トロールを『宿主』にしやがったな……ッ!?」


 生気のない白く濁った目。異常に大きい鼻と耳。ギザギザした杭のような牙。強靭な筋肉と分厚い脂肪で固太りした巨躯。大木のように巨大な足と手――。

 そして、目を初めとした全身の穴という穴から黒い粘液が溢れ出て、猛烈な腐敗臭を放っている……ッ!


「おそらく死んで、腐乱したトロール……」


 間違いない……『トロールの死体』と、それに寄生した『屍胎骸』だ……ッ!


「出やがった……出やがったな、『屍胎骸』……ッ!」


『屍胎骸』――生き物の死体に憑りついて体を操り、新鮮な血と肉を求めて徘徊する命無き化け物。

 本体は死体ではなく、死体に寄生する『黒いスライム状の疑似生命体』――。

 厄介なことに、こいつらは宿主の体を乗っ取ると、寄生した身体を損壊させる勢いで乱暴に操るのだ。


「グルヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ゆえに、『屍胎骸』に寄生された宿主は、いずれも生前の数倍の力を発揮する!

 そして、最も厄介なのが――屍胎骸に殺されて、やつらの黒い血に浸食された生き物は、『同じく屍胎骸になる』ということだッ!


「フール! 普通は小動物か家畜ぐらいにしか取り憑かない屍胎骸が、トロールに寄生しているぞっ! とんでもない事態だ、どうするっ!?」

「どうするじゃねんだよ! どうするじゃあよぉぉぉーッ!」


 言うなり、アンジェが俺の肩を力強く掴んできた。


「しっかりしろっ! 取り乱すなっ! 『力を合わせて戦うぞ』っ!」


 やめろ! 気安く話しかけてきて、『殴り合ったことによりマブダチになった俺ら』みてーな関係性を醸し出すんじゃねェッ!


「知るか、あんなもんと戦わんのじゃッ! 俺を巻き込むんじゃねぇーッ!」

「トロールは、『魔族』だろうがっ! お前が責任を取って、始末をつけるのだっ!」


 とんだ言いがかりだ。

 魔族だとしても、死んだ後のことまで世話できるかいッ!


「ごく潰しィッ! 貴様、『屍胎骸』を退治できるのかァーッ!?」


 クソジジイがよォッ!


「こういう時だけ、耳が良く聞こえるんだなァッ! でも、聞き間違ってんだよッ!」


 困った誤解は、即座に解いておく。


「ごく潰し! あ、あーしは、屍胎骸は無理だ! あんな風にはなりたくない……っ!」


 勇ましいべアトリクス隊長様は、肝心な時にビビって腰抜かしてやがるしよぉ~。


「ったくよぉ、みんなして俺を頼りやがって……」


 まぁ……仕方ないと言えば、仕方ないよね。


 だって、俺は『偉大なる魔王様』だからさぁーっ!


 正体を隠して、無職ながらも気のいい好青年として隠居をしていても、滲み出てしまう燦然たる王者の風格に、凡愚たちが自然と引き付けられちゃうんだよねっ!


「しゃーないか……俺がやらねば、動き回る腐った死体が増えるわけだし……」


 無能な馬鹿どもは、偉そうなくせに一切頼りにならんし、あてにもできねぇ……。

 結局、自分の人生は自分でなんとかしなきゃなんねぇ――ってことだな。


「そこの、メイちゃんのおじいちゃま。『銀の銃弾』は、持っているかね?」

「銀の銃弾だとォ~ッ? そんなもんないわッ!」


「じゃあ、瘴気を払う効果のある『岩塩を水銀で固めた弾丸』は、あるかい?」

「ないッ! そんな高価なものは……ないッッッ!」


 はあああああああああああああああああああああああああああああああああ~?


「命なき疑似生命体の屍胎骸は、特殊な素材でなければ滅することができないのだぞ? 知らんのか? 長生きしているのに、なにも知らんではないか」

「黙れェッい、そんなことは当然知っておるわッ! 無職のくせに、物知り自慢してイキるなァーッ!」


 いーや、知らないね。

 絶対、イキって知ったかぶりしている。

 なぜならば、クソジジイだからだ。


「じゃあ、適当な爆弾でいいよ。再生できないぐらい木っ端微塵にしてやろうぜ」

「爆弾もないッ! ただの魔獣退治に、屍胎骸用の装備があるわけないだろッッッ!」


「じゃあ、油を出せ。油ぶっかけて、火をつけて燃やしたら、それでおしまいよ」

「油もないッ! ごく潰しのくせに、贅沢言うなァーッ!」


 はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?

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