第87話 はい! 不穏がひょっこりはん!
「この血の汚れはなぁっ! 貴様がぶっかけてきた臓物と血だああああああーっ!」
「ぐはああああああああーっ! な、なんて臭いだあああああああああああーっ!」
血と汗と泥と腐敗臭がない交ぜになって、地獄のような悪臭を放っているッ!
「あ~、ほらほら。おまはんら、バカ犬みたいに喧嘩せんと、仲良くしーや!」
メイは俺とアンジェの間に入ってくると、アンジェにコップを渡した。
「ほら、アンジェ。メイちゃん特製の『みっくちゅじゅーす』でも飲んで、ご機嫌お直し❤」
「むっ!? なんだ、これは……?」
アンジェは、メイから手渡されたコップに鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだ。
「甘い匂いに、爽やかな酸味……? これは、なにかの果汁か?」
「メイちゃん特製『みっくちゅじゅーす』や。オレンジとりんごとバナナとパイナップルと桃と牛乳を混ぜた素敵なお味の飲み物やでっ! とっても、おいしいよっ☆」
「とっても……おいしい……だと?」
アンジェが小動物のように警戒しながら、みっくちゅじゅーすを一口飲む。
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」
次の瞬間、アンジェが顔をぱぁっと輝かせた。
「どや? 甘酸っぱくて、『初恋の味』がするやろ?」
「初恋の味かどうかはわからないが、とってもおいしいのだっ!」
「う~ん……ノリは悪いけど、褒めてくれたから、ままええか」
何をやっているんだ、こいつらは?
「ときに、フールよ。魔獣の話は聞いたか?」
「魔獣なら、お前がぶっ殺しただろ。終わった話を蒸し返すな。休んでいるのに、仕事の話などしたくない」
「その魔獣ではない。別動隊が見つけた、『別の魔獣』の話だ」
アンジェが不意に、馬鹿面からマジな顔になる。
「なんでも、『体の半分が腐乱した状態』で、赤狼遊撃隊の隊員たちに襲いかかってきたらしいぞ」
「はえ~。きっしょ、ゾンビですやん」
きっしょ。
グロいの嫌いだし、興味もねぇや。
「反撃で、猟銃で撃った途端に……『肉も骨もぐちゃぐちゃになって、ドロドロと腐り落ちて黒い染みになった』のだとか……」
「お前のみっくちゅじゅーすみたいに、ぐちゃぐちゃになったのか?」
「やめろっ! まだ飲んでいるのだぞっ! 気分が悪いっ!」
アンジェは声を荒げると、コップの中のみっくちゅじゅーすを一気飲みした。
それから、仕切りなおすかのように咳ばらいをして、俺を見据えてきた。
「とにかくっ! なにか嫌な予感がする……っ! 今回の仕事は、もしかしたら『魔獣を討伐しただけでは終わらん』かもしれないのだ……っ!」
「やめろ、馬鹿たれ! 殺気立つな! マジな空気を出すんじゃあないッ!」
アンジェは馬鹿の癖に勘だけは鋭いから、タチが悪い。
真面目な顔して物騒なこと言い出しやがるから、全力で無視してたのに!
まーた、バカ特有のろくでもない物語に、俺を無理矢理巻き込んできやがったッ!
「馬鹿たれとは、なんだーっ!? 私は親切にも、『やる気がなけりゃ責任感も警戒心ももない』お前に、警告してやっているのだぞーっ!」
「やめろ! マジになんなつってんだろッ! 黙れ、口を閉じろォーッ!」
だから、勇気リンリンやる気ビンビンの勇者様は嫌なのだ!
なぜならば!
なぜか、俺を友達扱いしたうえで、『連れション感覚』で、ろくでもない因果に巻き込んできやがるからだッ!
「この話は終わりだ! 魔獣は、お前が討伐した! これで、『この話は終わり』だ。今回の仕事は、もう終わり! 次なんてないッ!」
そうだ! ここで、この『魔獣討伐の物語は終わり』だ。
アンジェの話に付き合ってしまえば、新たなる災厄の物語が始まってしまう……。
「おいっ! 少しは、『もしも』に備えろっ! 家に帰るまでが仕事だぞっ!」
「そんなこと、気にしなくていい。お前が気にするべきなのは、その血まみれの汚くて臭っせぇ体をきれいにすることだ! そこの川に入れェェェーッ!」
「大きい声を出すなっ! 入るわけないだろーっ!」
そんなクソみてーな物語に付き合えるかッ!
ただでさえ、もう疲れてダルくて体バッキバキだから、一刻も早く家に帰って寝たいというのに!
魔獣より厄介な面倒ごとになど、遭遇したくないッ!
「ちょっとみんな~っ! なんか変なの見っけたよ~っ!」
「べアトリクス隊長! マズいことになった、来てくれッ!」
「ぬぅわんじゃこりゃあああーっ!? あーしよりもデカイじゃねぇかーっ!」
アンジェに呼応したのかしらんが、べアトリクス以下の赤狼遊撃隊の馬鹿どもが急に騒ぎ出した。
「「「でけええええええええええええええええええええええええええええッ!」」」
やばい! やばい! やーばばばーい!
確実に、空気が悪くなっているッ!
恐るべき破滅が、なじみの居酒屋に顔出す感覚でひょっこりしてきているッ!
「ぐはァーッ!? なんだ、この強烈な臭いは……ッ!?」
今一瞬、鼻の奥にぬめっとした腐敗臭を感じたぞ……ッ!
なんていうか……『死体の臭い』に似ている――。
腐敗臭の奥に、どんよりとした『瘴気』を感じるような……。
「死体の臭い……しかも、普通の死体の臭いじゃないのだ……っ!」
アンジェのバカも、なにかに勘づいて殺気立っている。
あかんですよ……俺の予想が当たってしまったかもしれん……ッ!
「最悪だ……これは、マズいッ!?」
こんなとこにいられるかッ! 俺は帰るぞッ!
「じゃ、ぼくはこれから塾があるから、先に帰るねっ! みんな、じゃあねっ!」
今すぐにこの場から逃げなければ、ろくでもない物語が新たに始まってしまう!
「おい! ごく潰し、嬢ちゃん! こっちにこいッ! 次の仕事だッ!」
「ほらぁ! フール、フール、フール! 私の予感が的中したのだああああーっ!」
「こらぁ、フール! どこ行くねんっ! まだ仕事は終わっとらんのやでっ!」
ベアトリクス、アンジェ、おまけに、メイまでもが俺の手を掴んで、ろくでもない流れに引きずり込んできやがるッ!
「ひぃぃッ! 破滅の元凶どもが、積極的に俺を巻き込もうとしてくるうううっ!」
「ごらァッ! ごく潰しィッ! どこへ行くつもりだァッ!? まーだ仕事は終わっとらんぞォーッ!」
ジジイ!? こいつまで、いたのかッ!?
まずい! むっちゃまずーいッ!
俺にとって、良くない因果を持つゴミどもが続々と集結しているぞッ!
このままでは、破滅の流れにとっ捕まってしまううううううううううううーっ!
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