もう、魔王やめた! 無職魔王は働かない。~魔王なのに反逆されたので、同じく戦友に裏切られた勇者を仲間にして逆襲する……隠居しながら! ろくでなし魔王の自堕落で騒がしいほのぼのスローライフ!?~
第86話 みっくちゅじゅーすと仕事論と死の香り
第86話 みっくちゅじゅーすと仕事論と死の香り
「はえ~。まさか、フールがほんまに魔獣を倒してまうとはなぁ~。すごいやん!」
「おい……『ほんまに魔獣を倒してまうとはな』とは、どういう意味だ……?」
聞き捨てならん違和感よ。
「おまはんが、『パンドラ最強の無職』ってことや! 誇りに思ってええよっ!」
「やかましい! そもそもお前は、『俺が倒せないと思われる魔獣を倒させに行かせた』のか? いや、むしろ最初から『魔獣に、俺を倒させるつもり』だったのか?」
俺が察しの良さを発揮するなり、メイが両手をぶんぶんと振って否定した。
「ちゃうよっ! おじいはんみたいに、意地悪なこと企んどらんってっ! うちは、フールが絶対に魔獣をやっつけちゃうって思っとったもんっ!」
「老害ジジイめ! やはり俺の予想通り、邪悪な企みをしていたようだなァーッ!」
こんなにキレちまったのは、久しぶりだぜ……ッ!
あのクソジジイめ……なんとかして、やり返してやらねば気が済まんッ!
「あーもう! フール、そんな怒らんといてよ? ほら、メイちゃん特製の『みっくちゅじゅーす』でも飲んで機嫌をお直し」
この『みっくちゅじゅーす』なるふざけた名前のものは、メイがスナックで流行らせようとしているいかがわしい飲み物だ。
オレンジ、りんご、バナナ、パイナップル、桃――の五種類の果実と牛乳をミキサーで混ぜて作られた『みっくちゅじゅーす』は、複雑怪奇な味がする。
「どや? ほのかに酸っぱくも甘く優しい口当たりで、『初恋の味』がするやろ?」
「いや、オレンジとりんごとバナナとパイナップルと桃と牛乳を混ぜた味がする」
「なんでやねん!? ほっんま! ノリの悪いやっちゃなあっ!」
「ノリ良くなど振る舞えるか。俺はさっきまで、狂気のままに暴れる魔獣に喰い殺される危険と直面する死地にいたのだぞッ!」
肉体労働の地獄を知らぬふざけたメスガキよ!
成人していたら、殴り飛ばしている場面だッ!
「まーた、脚色してゆっとる。いっつも、フールは言うことが大げさやねん」
「大げさちゃうわ! 魔獣に、腕を喰い千切られて死ぬところだったんだよッ!」
「そーはゆーても、『無傷』やん」
「腕なんて治さなければよかった!」
「ほんますーぐ、『うちの気を引こうとして』大げさなことを言うねんなぁ~」
人の気も知らないメイが、なんか知らんがにやにやしてくる。
「どうやら、『本当の魔獣』は、俺の目の前にいたみたいだな……」
「どういう意味やねんっ!?」
などとやりながら、みっくちゅじゅーすを啜っていると、赤狼遊撃隊の女隊員どもの会話が耳に入ってきた。
「やっぱり~、仕事に求めるものは、『やりがい』だよね~?」
「ね~っ! 『好きなことを仕事にしたい』よね~っ!」
俺は、みっくちゅじゅーすを啜りながら、女子が語る仕事論に思いを馳せた――。
仕事なんてもんは、あくまで金を稼ぐ手段に過ぎないので、金さえ稼げれば、『やりがい』も、『好き嫌い』も必要ないと言える。
最も重要なのは、『労せず大金を稼ぐ』ことだ。
一から千まで真面目に働いても、一攫千金には勝てないのだ。
ここに、反論の余地は微塵も存在しない。反論するやつは、異常者だと言える。
「なんかさ~、もっとあたしら向きのいい仕事ないのかなぁ~?」
「ほんとそ~。魔獣退治なんて、女の子のやる仕事じゃないわよね~」
「もっと、おしゃれでやりがいのある仕事がしたいよねぇ~」
「あたしは仕事より、玉の輿で結婚するのがいいなぁ~っ!」
小娘どもの、ふわっとしつつも確固とした欲望を感じ取れる会話に耳を傾けている俺は、今――魔獣討伐などという、誰がどう見ても確実に『泥くさくてやりがいがなく玉の輿結婚に繋がらない仕事』に従事している。
はたして俺は、この仕事が『好き』なのか?
この仕事に『やりがい』を感じているのか?
――否。
むっちゃ否。
断じて否ッ!
この仕事は嫌いだし、この仕事にやりがいなど微塵も感じてはいないッ!
ただ、『仕事だから仕方なく嫌々している』のであって、『やりがい』だの『好き嫌い』だの浮ついた感傷は一切存在しない。
万国の労働者と同じだ。魔王様も、みんなと同じだよ。みんなと同じなの……。
「なんで、かつては世界を統べていた魔王だというのに、愚昧なる人間どもに顎で使われて、キツくて汚くて危険な労働をさせられているのだろう……?」
ろくでもない疑問ばかりが、俺の脳内を駆け巡る。
俺は、もうじき死ぬのかもしれない……。
「フールーっ! なぜ自分だけ、おいしそうな飲み物を飲んでいるのだぁーっ!?」
唐突に目の前に現れたアンジェが、咎めるような目つきで睨みつけてくる。
「アンジェよ。お前は処刑を待つばかりの大罪人のくせに、なんで仕事なんかをしているのだ?」
「はあっ!? 誰が処刑を待つばかりの大罪人だっ! 私は世界を救った勇者だぞっ!」
冷静になって、アンジェを眺めてみると……。
こいつの存在が謎すぎる!
母国では大罪人であり、つい先日、かつての味方に裏切られて殺されかけた身の上なのだぞ……? こんなところで呑気に、クソみたいな日雇い仕事をしている場合じゃないだろうに……。
「アンジェ、あんたどしたんっ!? 全身血まみれやんっ!」
血まみれのアンジェを見たメイが、目を丸くして驚く。
「おい! いつまで血まみれでいるのだ、衣服の汚れは心の汚れだぞ! 汚らわしい女だ! 元とはいえ勇者だろ、それらしく高潔でいろ!」
「ふんがあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺が正論を言うなり、アンジェが唐突にキレだした。
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