第85話 これにて一件落着?

「消毒はできても、ここじゃ傷を縫うことすらできねぇぞ。腕から血が出まくってるし……大事を見て、麓に戻るか?」


「気遣い無用だ。大げさに騒いだが……このぐらいの損傷なら、自分で治せる」


 肉体の急速治癒には魔力を多く使うから、嫌なんだよなぁ。

 昔ならいざしらず、心身および魔力が弱体化した今は、昼寝から無理矢理叩き起こされた時と同じぐらいの疲労感を覚えてしまう……。


「あー、しんど。働くって健康に悪いから、ほんと寿命を縮めるよねぇ~?」


 負傷箇所から迸る魔力が、淡く光りながら傷を治していく。


 へし折れて肉の内側から飛び出した骨が、するする動いて元の位置に戻る。喰い破られた肉がみるみるうちに再生し、埋まった傷口の上には艶やかな皮膚が張る――。


 そして、光が消える頃には、傷は見る影もなくなっていた。


「うっそ、マジぃ~っ!? ごく潰しのくせに、治癒魔法が使えたのかッ!?」


 俺の治療行為を見たべアトリクスが、目を丸くして驚いている。


「そんなに、意外かい?」


 すっかり元通りになった右腕を、ベアトリクスに見せる。


「意外も何も……なんで、『男なのに魔法が使える』んだよッ!? しかも、使い手の少ない治癒魔法じゃねぇかッ! どーなってんのッ!?」

「魔法じゃないよ。負傷した場所に魔力を集めて、肉体の再生能力を劇的に向上させただけさ」


 この程度の傷の治療に、魔法など使うわけないだろ。


 魔法など使ったら過労のあまり、今すぐにサウナに行って整えて、キンキンに冷えた酒を味濃いめのおつまみとともに堪能した後、ちょいと長めにお昼寝せねばならんことになるわッ!


「そーいえば……お前は、人間みたいな見た目だけど、『魔族』だったな」


「そこらの魔族と同じにするな、俺は『魔人』だよ。数多の魔族のなかで最も、強靭で、聡明で、華麗なる魔王の血族よ。この世界に知的生命体の文明すら無き古き時代には、下々の者に『神』とも称され――」

「しっかし、あの状況でよく腕だけで済んだな」


 は? なんで無視したの?


「済んだのではなく、腕だけで『済ませた』んだよ。あえて腕を噛ませて魔獣の口を塞いで、首を守ったんだ。さらに、組み敷かれたときに、下腹部を撃って確実に損傷を与え、さらに撃った個所を蹴って傷口を広げてやった。ケツ穴はいわずもがなよ」


 この俺の攻撃がなければ、アンジェも魔獣を一撃で仕留めることはできなかっただろう。


「魔獣に致命傷を負わせてやれば、か弱いお嬢さんたちでも討伐ができるだろう?」


「ほほ~う。いきなり、魔獣に襲われたっつーのに、度胸がある冷静な判断するじゃん。将軍の孫が『お気に入り』にして、贔屓にするのもわかるぜ」


 腕組しながら話を聞いていたベアトリクスが、感心したような顔をする。


「まともに働かず、年がら年中プラプラしてるごく潰しのくせに、大したもんだッ!」

「ほっとけ。有事に備えて力を蓄えてるから、平時は働いてねぇんだよ」


「あはは、物は言いようだな! そっちの嬢ちゃんも、魔獣を一撃で仕留めるとはおそれいったぜッ! そこらの猟師なんかより、銃の腕がいいじゃんッ!」


 親し気に笑うベアトリクスが、手持ち無沙汰にしているアンジェの肩をポンポンと景気良く叩いた。


「いや~、すまん! あんたらのこと『使えないよそ者』扱いして悪かったなッ!」

「なんとっ! 隊長殿は、私を仲間と認めてくれるのかっ!?」


 べアトリクスに認められて嬉しいのか、アンジェが子供のようにはしゃぐ。


「おうよ! 『使えるよそ者』と認定するッ!」

「ええーっ! よその者のままではないか~……っ!」


 んなことだろうと思ったよ。

 田舎者ってのは、つくづく排他的でムカつくぜ。


「さて、それはともかく……遊んでる場合じゃないね。仕事にとりかかろう!」


 急に真顔になったべアトリクスが、おもむろに大振りのナイフを取り出す。

 それから、素早く魔獣の腹にナイフを突き立てた。


「なにやってんだよ? こんなところで、解体すんのか?」

「解体? 魔獣の肉など食べたくないぞ?」


 戦いが終わるなり、アンジェが殺戮勇者から、いつもの腹ペコお馬鹿娘に戻る。


「嬢ちゃん、こいつを食うわけじゃねぇよ。こいつが『本当に人を喰ったのか』を、確認してんのさ」


 べアトリクスはアンジェの相手をしつつも器用に手を動かして、魔獣の腹を裂いていく。


「奇妙な肉だな……腐ってるみてーにぐずぐずと柔らかいし、肉にまとわりついてる『黒いねばねば』が、やたらと臭ぇ……ッ!」


 ベアトリクスは慣れた手つきで魔獣を解体していき――毛皮を裂き、肉骨を斬り、骨を捌いて、魔獣のデカい胃を取り出した。


「ベアトリクス隊長、どうよ? そいつで『当たり』かい?」

「クソ、『大当たり』だよ! こいつ、マジで人を喰ってやがったッ!」


 切り裂かれた胃の中には、未消化の人の手足やら歯や骨、衣服が入っていた。

 べとべとした黒い粘液にまみれて……。


 いやだねぇ……俺の予想が当たりそうだ。

 適当にふざけて流れを変えておこう。


「よかったねっ! べアトリクスちゃんっ! 大当たりだよ、やったあっ!」

「よくねぇよ! はしゃぐな! 人が食い殺されてんだぞッ!」


「かもしれんが、これにて一件落着さ」


 やれやれ、面倒な仕事がやっと片付いた。


「しかし、これで終わりなのか? 魔獣は、この一匹だけではないかもしれないのだ」

「うるせぇぞ、アンジェ! お仕事は終わりだよッ!」


 不穏な予感は、未然に防ぐ。


 これも大事な仕事ってワケ!

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