第84話 魔獣討伐完了!

「フールーっ!」

「ごく潰しーッ!」


 小娘たちの声をかき消すように、獣が叫ぶ。


「ガルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァーッ!」


 血走った目の魔獣が、目の前で唸り声を上げている。


「グルルルッ!」


 右腕に、激痛ッ!


「……間一髪だ」


 咄嗟に腕を出して、あえて肉を噛ませた。


「どうだ、魔王の血と肉はおいしーだろう? 人間なんかより、数億倍美味なはずだ……お前のような畜生には、もったいない美食だよ……」


 噛ませて口を塞いでいなければ、首を噛み千切られてたぜ……ッ!

 とはいえ、肉はおろか骨ごと砕かれたがな……。


 汚らわしい獣風情が……この魔王に、血を流させやがってッ!


「本来ならば、お前などが味わっていいものではない……」


 魔獣の下っ腹に銃口を突きつけ……。


「万死に値するわッ!」


 引き金を引くッ!


「グガアアアッ!」

「うるせぇッ!」


 猟銃が火を噴く勢いそのまま、魔獣に蹴りを叩き込むッ!


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 下腹部からどす黒い血を噴き上げる魔獣が、絶叫を張り上げながら後ろに跳び退る。


「チィッ! 殺し損ねたッ!」


 ふざけやがってッ!

 銃身の短い銃だったら、クソ魔獣の顎の下でぶっぱなして、脳天に弾丸ぶちこんでやれたのによォーッ!


「グルァッ!」


 俺の殺意を警戒したのか、魔獣が反転して逃げ出した。


「逃がすかッ!」


 猟銃を思いっきりぶん投げて!


「アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 逃げるクソ魔獣のケツの穴に、ぶち込んでやるってワケ!


「お前ら、魔獣がそっちに逃げたぞッ!」


 俺が声をかけるなり、猟銃を構えていたアンジェが引き金を引いた。


「――逃がさない」


 次の瞬間、森に銃声が轟き、魔獣が絶叫を張り上げる。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 アンジェの猟銃から紫煙が立ち上り――。


「グァ……アアア……ッ……!」


 魔獣の鼻の穴からどす黒い血が溢れ出し、巨体が力なく崩れ落ちる――。


「魔獣討伐――完了だ」


 アンジェが目に捉えられぬ早業で射撃して、魔獣の鼻の穴に銃弾をぶち込み、そのまま脳を破壊しやがった……ッ!


「はわわ……」


 クマの頭蓋骨は固くて、ときに銃弾を跳ね返すこともあるんだ……。

 だから、あえて額や眉間は狙わず、柔らかい鼻の穴を狙ったんだ……。

 神業を駆使して確実に殺しにいったんだ……こわいッ!


「……牙を抜いて番犬にしてたのに、一瞬で餓狼に戻りやがった……ッ!」


 こ、こいつ……マジで、なんなのッ!? 殺戮に手慣れすぎている……ッ!

 動いてる標的の鼻の穴を正確かつ的確にぶち抜くような異常者を相手にしたら、そりゃーあんた! 偉大なる魔王様でも死ぬってばよっ!


「おーい! お前ら、大丈夫かッ!?」


 魔獣がぶっ倒れると、べアトリクスが慌てて俺たちのところにやって来た。


「マジか……嬢ちゃん、魔獣を仕留めたのか……?」


 アンジェはべアトリクスを一瞥すると、おもむろにもう一発、魔獣に弾丸をぶち込んだ。


「生きていたかもしれないが……今、死んだのだ」


 トドメは忘れずに確実に刺す。

 普段のおとぼけぶりに反して、意外な几帳面さを見せつけてくるしっかり者のアンジェだった。


「こっわ! 魔獣より、瘴気に侵されてんじゃんッ!」

「瘴気に侵されてなどいない。人を食った獣は殺さなければならない……それだけだ」

「冷静なのが、むっちゃ怖い……!」


 元勇者様の堂々たる殺戮者っぷりには、魔王様といえど恐怖に慄かざるを得ない。

 一方のべアトリクスは、俺とは違う感想を持ったようだった。


「やるじゃん! 嬢ちゃん、よくやったッ! 見事な殺しっぷりだ、気に入ったぜッ!」


 こわっ! 蛮族の価値観、こっわ!


「いえーい、ごく潰し! 面白い新入りを連れてきたじゃんよ! わはは!」


 赤髪とデカい胸を揺らして上機嫌に笑うべアトリクスが、狼から飛び降りる。


「さっき言っただろ? 『こいつは俺より強い』、ってさ」

「お前も、よくやった! 無職のごく潰しにしては、度胸があるじゃねぇかッ!」


「褒めてんのか馬鹿にしてんのか、どっちだよ?」


 そう言うなり、ベアトリクスが人懐っこい感じで白い歯を見せて笑った。


「どっちもさッ! あははは!」

「けっ! そんなことより、死ぬかもしれない大怪我したんだけど、労災下りるの?」


 俺が血まみれの右腕を突きつけるなり、べアトリクスが酒瓶を取り出した。


「ありゃりゃ~、魔獣に手ひどくやられたな……どれ、傷口を見せてみな。やさしーあーしが、酒で消毒してやるよ」

「そんなことより、保険についての質問に答えてよ」

「労災だっけ? そんなもんあるかよ」


 やはり、最低な職場だ。


「んな心配しなくてもいいっての! 美人のベアトリクスお姉ちゃんが、やさ~しく手当てしてやるって! こんなん最早、ご褒美だよなァッ!?」

「なんやねん、それ?」


 しかし、クソ魔獣め。

 思いっきり噛みやがって……肉どころか骨まで見えてやがる。


「すっとぼけた顔してるから、大したことないと思ったけどさぁ……こいつは、なかなかヒデェな。肉から骨が飛び出してやがる……!」

「ひどいなんてもんじゃない。複雑骨折かつ開放骨折だよ。この手は二度と使えないだろう。当然、パンドラ騎士団には慰謝料を請求させてもらう」


「わかったから、黙っとけって! まずは消毒するから、大人しくしていろよ」

「お前の飲みかけの酒で消毒などでき――」


 咬創に『黒い粘液』が、べっとりと付着している……。

 黒い粘液は、肉が腐ったみたいな饐えた苦い腐臭がした。


 この黒い粘液……瘴気……人を喰らう魔獣……。


「むっ! この熊、体のところどころが『腐っている』のだっ! こんな死体みたいな状態で動けるものなのか……?」


 体が腐っている……動く死体ねぇ~……。


「魔獣ってのは、瘴気のせいで狂ってんだよ。たとえ、手足が千切れていよーが、体が腐ってよーが、獲物を見つけたら一目散に襲いかかってくるのさ」


 なーんか、また話がいや~なほうに流れてきてんな。

 元勇者様の言うように『動く死体』だった場合……予想が当たったら、最悪だ。


「ベアトリクス隊長殿、御自ら消毒してくださるとは痛み入ります」

「お、おう? 急に素直になりやがって、どうした? あーしのことが好きなのか?」


 んなわけねぇだろ。


「それはさておき。お酒でこの『黒いねばねばしたの』を、洗い流してくださいませませ」


 ――などと、余計なことは言わずに、ベアトリクスの飲みかけの酒で黒い粘液を洗い流して、傷口を消毒した。


 俺の『予想』が当たっていた場合……酒で黒い粘液を洗い流さないと、『俺まで腐った死体になっちまう』からだ。

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