第83話 これぞ、本場の魔獣狩り!
「フール! 魔獣は、お前の眷属だろ! 叱りつけて、大人しく罪を償わせろっ!」
「人間どもの定義は知らねぇが……魔獣ってのは、『瘴気に侵されて暴走した獣』のことだ。知性を持った魔族とも、魔族に使役される魔物とも違うんだよ」
そもそも、獣に話が通じるわけねぇだろ。
「なんだ、『瘴気』ってっ!?」
「瘴気つーのは、魔法を使うと副産物的に生まれる『世界の歪みの不純物』だ」
瘴気は、霧や煙のような物質ゆえに――空気が淀む場所、汚れた水場、くぼんだ土地、閉鎖された建物――あるいは、『今いるところ』みてーな日の当たらないほどに鬱蒼とした森などに、どんよりと吹き溜まる。
「獣や人間が瘴気を吸うと、体調を崩して病気になる。すでに病気や不健康なやつの場合、瘴気に侵されて狂気に蝕まれる。また、吸い込む瘴気の量が多い場合……」
「魔獣になるということかっ!?」
「その通り。どうした? 今日は賢いな」
「山のなかの森は空気が清らかなのに、瘴気が溜まるのか?」
「溜まるよ。ここは、木が多すぎて空気の流れが悪いからな。あと、所かまわず魔法を乱雑に使用する魔女どものせいで、瘴気がこんな山のなかにも満ちてやがるのさ」
などと、のんきにお話していたら――。
魔獣と目される獣が咆哮したッ!
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
目の前で恐ろし気な唸り声を上げているのは、片耳がない熊の魔獣だ。
「うわぁっ!? 巨大熊なのだ! 異常にデカいぞ、山の主かーっ!?」
「……まいったな、思ったよりデケェ。こんな豆鉄砲で、どうにかなんのか……?」
俺らの二、三倍はデカい体躯、それを覆い尽くす漆黒の毛皮、異様に長い前足と強靭な筋肉に覆われた後ろ足、刃のように鋭い爪、そして、正気を失い血走った眼――。
「グルルゥ……ッ!」
ダラダラと粘つく唾液をたらしているクソデカイ口からは、赤黒い血の付いた鋭い牙がのぞいている――。
「この熊の魔獣は、ジジイが言ってたやつと同一個体――と判断していいっぽいな」
それはともかく……しんどすぎる。
今すぐに、家に帰りだいッ!
「……むっ! あの魔獣はよく見ると、手長熊なのだ。異常な大きさのせいで驚いてしまったが、刃を防ぐ毛皮を持つ大火熊なら手を焼くが、手長熊ならこの銃でなんとかなるぞっ!」
「そうなの? アンジェちゃんは、動物に詳しいんだね」
「うむ! 幼き日は、お師匠様や幼馴染とともに、野山で修行しながら暮らしていたからなっ!」
アンジェめ……さっきまで泣きべそかいてたのに、今や完全に戦闘態勢だ。
闘志を帯びた面構えは、泣き顔とはまるで別人じゃねぇか。
「それはそれとして! やる気を出すのだっ! フールは、魔王だろうっ!? 魔獣ごときに臆しているのかーっ!?」
「元は偉大なる魔王様だけど、今は『ほぼ無職』なんだよねぇ~」
「おいっ! ふざけている場合かっ!?」
……全然、冗談に乗ってこない。
やはり、普段はただの馬鹿な小娘だが、いざ戦闘となると歴戦の勇者の面影を取り戻すんだな……。
「ごく潰しッ! 嬢ちゃんッ! そっちに、魔獣が行ったぞォーッ!」
魔獣の後ろの籔から、狼に乗ったべアトリクスが唐突に飛び出してきたッ!
「行ったぞ、じゃねぇんだよッ! 隊長だろ、なんとかしろッ!」
クソが! ま~た無駄に殺気立ってる馬鹿が増えやがった。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
マズいな……けっこーマズい。
俺を取り巻く事象が、加速度的に破滅の色合いを濃くし始めてきている……!
「来い、魔獣っ! この私が成敗してくれるわーっ!」
魔獣を睨みつけるアンジェが、おもむろに猟銃から空の薬莢を排出する。
いやあああーっ! 空気がひりついて来たよォーッ!
ああ、いやだ、いやだ! ほんと、いやッ!
「待ちな、嬢ちゃん! よそ者にはなにもさせねェッ!」
アンジェが猟銃を構えるより先に、べアトリクスが狼を駆って魔獣の前に出た。
なんだこいつ!? 急にイキリ出しやがって!
やるなら、さっさとやれッ!
「島で起こったことは、島の人間が解決する。お前らよそ者は、手を出すなッ! 特に、反抗的で生意気なごく潰――あれぇ!? いないッ!?」
厄介ごとは馬鹿どもに任せて、俺はさっさと帰宅しよう。
せっかく手に入れた平穏なる隠居生活に、こんな危険は必要ない。
「まったく……だから、仕事などしたくないのだ……」
「おい! ごく潰し、どこに行くつもりだッ!?」
「この状況で何を考えているのだっ!? 逃げるなっ!」
馬鹿娘どもが後ろの方でなんかギャーギャー騒いでいるが、当然無視する。
「フール、逃げるなと言っているだろっ! 獣は、『逃げる奴を追う』ぞーっ!」
背後でアンジェがなんか不穏なことを言うなり、俺の頭上を魔獣が通り過ぎたッ!?
「なにィ~ッ!? 熊が空を飛んだだとォォォーッ!?」
「手長熊は、その長い前足で地面を叩いて跳ぶんだっ!」
なにィィィーッ!?
「そういう大事なことは、先に言えーッ!」
「言う前に、お前が逃げちゃったのだーっ!」
一言、二言話している間に、一瞬で距離を詰められたッ!?
「グルオオオッ!」
目の前に着地した魔獣の血走った両の目は、完全に瘴気に侵されている……。
一瞬の油断が死に繋がりかねない――直感でわかるッ!
「アンジェ、撃てッ!」
「無茶を言うなっ! まだ弾が装填されてないっ!」
肝心な時に使えんやつめッ!
「結局……頼りになるのは、偉大なる魔王である俺自身だけって……ワケッ!」
猟銃を構えるなり、足元がズルッと滑ったッ!?
「しまったッ!」
雨でぬかるんだ土が、泥になってやがるッ!
「ガルウッ!」
大きく口を開けた魔獣が、俺を喰い殺そうと跳びかかってきたッ!
「待ったなしかよッ!」
目の前を真っ赤な血しぶきが舞うッ!
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