第81話 勇者様ご乱心!?

「あれ? お嬢さんたち、臓物まみれになどなられて、どうなされたのですか?」


「「お前がやったんだろうがああああああああああああああああああああーっ!」」


 無礼者どもが、声を荒げて詰め寄ってくる。


「他人に礼を失した敵対的な態度をとっておいて、なぜ『自分は反撃されない』と、いい気になって高を括っていたのだ?」


「「ぶっ殺してやるううううううううううううううううううううううううーっ!」」


 まったく……愚かな小娘どもだ。

 救いようもないほど下劣な存在の癖に、この魔王より格上の存在だとでも思い違いしていたのだろう。


 世間では、基本的に女が何をしても『許され』が発生しがちだ。

 だとしても、この魔王に対して罪を犯せば、相応の罰が下されるのだよ。


「そんなことより、見ろ。道端に糞が転がっている。貴様らの未来の姿だ」


 獣道の端に転がる獣の糞を指さし、小娘どもに己の未来を教えてやる。


「よそ者がよォッ! 舐めたこと言ってっと、マジでぶっ殺すぞッ!」

「べアトリクス隊長、遊んでいる場合じゃないぞ」


「あ? それは、そこのごく潰しに言えッ!」

「落ち着くのだ。この獣の糞を見てみるのだ……人毛が混ざっている」


 獣の糞には、少なくない量の人髪が混ざっていた。

 高い確率で、人を喰った魔獣の糞だろう。


「……かすかに湯気が出ていて、まだ暖かい。おそらく、魔獣は近くにいるな……」


 俺の隣にいたアンジェが、木の棒でつんつんと糞を突っつく。

 馬鹿なガキみたいな仕草だが、おおよそ俺の見立てと同じ結論を見出したあたり、『勇者としての勘』みたいなものは鈍っていないようだ。


「よし! あーしは狼と一緒に、魔獣の痕跡を目と鼻で追う。そんで、獲物を見つけ次第、尾根に追いこむ! お前らは、先に尾根まで上がって獲物を待ち伏せてろッ!」


「魔獣は近くにいるはずだぞ。その犬に、糞の臭いを嗅がせて探してみろよ」

「できるか! どっかの馬鹿のせいで、狼の鼻が利かなくなっちまったんだよッ!」


 ベアトリクスが血と臓物まみれになったマントを脱ぎ棄て、ちゃんとした半裸になる。


「クソ! 虫よけのマントが、おしゃかじゃねぇか! 新品だったんだぞッ!」


 デカ乳も、鍛えた腹も、ふとももも丸出しだが……もれなく血まみれ。

 血まみれの半裸ってのは、エロいっていうよりこぇーな……。


「やれやれ。まるで、俺のせいだとでも言わんばかりの態度ではないか?」

「お前のせいじゃああああああああああああああああああああああああああーッ!」


 はあ? 意味わかんない。

 貴様自身が、愚かにもこの魔王に喧嘩を売ったのが、すべての原因だというのに、なんという無礼な態度なのだ。


「クソ! とんだ疫病神の世話を押し付けられちまった! 帰ったら、将軍に文句言って、三日三晩酒おごらせなきゃ割に合わねェッ!」


 べアトリクスはグチグチ言いながら狼にまたがると、そのまま獣道に突っ込んでいった。


「さて。うぜぇ上司もいなくなったことだし、下山するか」

「お、おい! フールっ! どこへ行くのだっ!?」


「見てわからないのか? 帰るんだよ」


 厄介な見張りがいなくなった以上、ここにいる理由などないのだ。

 魔獣がうろついている危険な場所からは、一刻も早く立ち去らなければならない。


「待てぃっ! お前がいなくなったら、私はどうすればいいのだっ!?」

「知るかよ」


 バン!


 突然、アンジェが背後から銃を撃ってきた!


「うわッ!? やめろ、撃つなッ!」


 慌てて近くの岩の陰に飛び込んで、身を隠す。


「なんで、いきなり撃ってきたんだッ!?」

「ぐす! ぐずずぅっ!」


 な、泣いている!?

 泣きながら、銃撃してきたッ!?


「い、意味がわからないッ! 泣くなッ!」

「ぐずん! ぶええええんっ!」


 バン! 


 また撃ってきたッ!


「ブーるがぁおごったぁ~っ! ぶえええええええええええええええんっ!」

「やめろ! 泣いてもいいが、撃つなッ!」


 エドムからきた刺客を退治してからこっち――。

 衣食住をともにし、拳を交えた共闘などの『ふれあい』を経ることで、俺に懐いて改心し、『ただの馬鹿な小娘』になったと、すっかり油断していたが……。


 そもそも、あいつは『俺を殺した危険人物』なんだッ!


「とりあえず、落ち着け! アンジェちゃん、銃を下ろしなさいッ!」


 この島での『馬鹿どもに囲まれた隠居生活』のせいで、心身ともに鈍ってしまったのかもしれん……。


 この世界では、『一瞬の油断が即座に死に繋がる』という事実を忘れていた!

 勇者などという危険な存在とは、一瞬たりとも因果を結んではいけなかったのだ!


「ぐず! ずぅっ! ずずーっ! ぐずずずずずんっ!」


 鼻をすするアンジェが猟銃を構えながら、こちらに近づいてくる!

 しかも、全身から血と臓物を滴り落としながらッ!


「ひいいーっ! こわすぎぃぃぃーっ!」


 なんなのだ、あいつはッ!?

 恐怖の猟奇殺人鬼以外の何者でもないぞッ!


「なんなんだ、お前はッ!? 何を考えているのだッ!? 魔王を怯えさせるなッ!」

「ま、魔王ぅぅぅ~……っ!」


 なんだ、この恨みがましい声はッ!?

 二人きりになったせいで、『本来持っていた俺への殺意』を思い出したのかッ!?


「なんてふざけた小娘だ! この俺がいなければ、お前は今頃、エドムの刺客に生け捕りにされていたし、食い逃げ犯として憲兵にとっ捕まり処刑されていたのだぞッ!」


 どんだけ、俺に助けてもらってるんじゃい!

 恩知らずにもほどがあるッ!


「数々の恩を仇で返しやがって! なにが、勇者だ! 稀代の極悪人じゃねぇかッ!」


 などとやっている間にも、銃を構えたアンジェが俺に近づいてくる。


「フ、フールぅぅぅ~……っ!」


 ど、どうする……?

 岩の裏から飛び出して、森の中に身を隠して逃げるか?


「フールぅ~……どこへ行くのだぁぁぁ~……っ!?」


 それとも襲いかかって、殺される前に殺すか?


「そこに隠れているのは、知っているのだぁぁぁ~……っ!」


 ――決めたッ!


 銃を持っているのは、奴だけじゃない……。


 この俺もだッ!


 これ以上、近づかれる前に岩の裏から……。


 狙撃するッ!


「置いていかないでくれぇ~。ひとりぼっちにしないでくれぇぇぇ~……っ!」


 と思ったら!


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 アンジェが目の前にいたァァァーッ!


 しかも、なぜかぎゃん泣き状態でッ!

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