第80話 ぶっかけ(血と臓物)

「べアトリクス、荷物持ちを代われ。次はお前か、そのワンちゃんが樽を持て。こんな重いもん持ってたら、銃が撃てねぇ」


 こんな重てぇもんを持っていたら、逃げ足が遅くなっちまう。

 それに、こいつをべアトリクスに持たせれば、やつの足を重くさせられる。


 狼で追ってこられたら、面倒だからな。

 重しを持たせておくってワケ。


「さっきも言ったけどさぁ~、そいつはできないっしょ? それは、『よそ者』であるごく潰しの仕事だからな」

「はあ?」


「お前が、将軍の孫の『お気に入り』だってのは知ってるよ~? だがな……あーしは、まだお前を『島の人間』だと認めたわけじゃない」


 べアトリクスが真顔で、意味のわからんことを言いだした。


「この島のすべての場所は、あーしたち赤狼遊撃隊の『猟場』なワケ。ここじゃ、誰もがあーしたちの『獲物』……当然、お前もだよ」


「獲物にすんじゃねぇよ。俺は、『パンドラの住人』だぞ!」


「いーや、今はまだ住人じゃなく、『獲物』だ。よそもんは、見極めなくちゃなんねぇ。その『見極め』をこの仕事でやるんだ。あーしに認めて貰いたきゃ、成果を出しな!」


 この偉大なる魔王様に対して、敵意を向けて『試し行為』をしてきやがった……!


「職場は、危険な魔獣がうろつく呪われた山。同僚は、馬鹿な食い逃げ犯。上司は、攻撃的で敵対的なお局様……しんどさ乱れ撃ちやないッスか」


 最低という言葉がまだマシと思えるぐらい、くっそ最低な仕事だ!


「ほ~ら! 文句言ってないで、やる気出せよ! あーしに狩られたくなきゃ、大人しく言うことを聞いて、しっかり仕事しな! な~に、悪いようにはしないからさっ!」


 しっかりと目力を込めて脅してきたべアトリクスが、最後に白い歯を見せてにかっと笑う。


「鞭と飴の使いかたが上手いッスね。飴が美味くないってことを除けば、最高だよ」

「生意気言うな! さあ、休憩は終わりだ! 気合入れて、魔獣を狩りにいくぞッ!」


 べアトリクスはなぜか俺の尻をパシンと叩くと、上から目線で命令してきた。


「だってさ、アンジェちゃん」

「他人事のように言うな。お前が言われているのだぞっ!」


「知らん。俺はもう帰る」

「帰るだとっ!? なぜだっ!?」


 馬鹿どもには、付き合いきれない。

 ただの馬鹿なら、まだ笑って許してやれるが……敵対的な馬鹿となれば、話は別だ。

 本来ならば、殺戮をもって応じるべき忌むべき存在だよ。


「クソみたいな状況にうんざりしたからだ。やっぱ、仕事なんてするもんじゃねぇな」


 だが、そんなことをしても疲れるだけなので、俺は素早く立ち去るだけってワケ。


「「おい、待てぃっ!」」


 立ち去ろうとするなり、アンジェとべアトリクスに肩を掴まれた。


「その手を離せ、怪力女ども! 俺は、うちに帰るのだッ!」


「帰すわけないだろ! しっかり働け、このごく潰しがァーッ!」

「フール! なんでお前は、異常なまでにやる気がないのだっ!?」


 べアトリクスとアンジェが揃って、俺に罵声を浴びせてくる。


「「仕事をしろ、この無職があああああああああああああああああああああっ!」」


 なんだ? 小娘に怒鳴り散らされるなどという、この上なく情けない状況は?

 並みの男ならば恐怖と恥辱のあまり、声を押し殺して泣きじゃくっている場面だ。


「仕事なら、既にしてある。ジジイに言われた通り、『荷物』を持ってきただろ?」


 だが、俺は今は無職とはいえ、かつては偉大な魔王なので、このぐらいでぇ泣いたりはしない……あぅぅ……。


「ひどい話だとは思わないかね? 男だというだけで差別され、意味のわからない苦役のような重労働をさせられているのだ……常人ならば、気が狂っているよ」


 俺はおもむろに、血まみれの臓物が入った樽を持ち上げた。


「気を狂わせてる暇があるなら、仕事しろ!」

「ん? おい、フール。何をしているのだ?」



 バッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーンッ!



「だりゃあああーッ! 臓物のシャワーだあああああああああああああああーッ!」


 気が付くと俺は――血まみれの臓物を小娘どもにぶっかけていたァーッ!


「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」」


「そんなに俺に仕事をさせたきゃなァ、『ここに魔獣を呼び寄せてやる』よォーッ!」


 やっぱよぉっ!

 調子に乗った馬鹿どもを困らせるのが、一っ番気持ちがスカッとするってワケ!


「このごく潰しの馬鹿野郎がッ! 何考えてやがるッ!? 全身血まみれになっちまったじゃねぇかあああああああああああああああああああああああああああーッ!」

「なにをしているのだ、フール! 貴様、正気かっ!? これでは、私たちが魔獣に狙われるではないかああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 馬鹿女どもが、臓物および血まみれでぎゃーぎゃーと喚く。


「わはは! 野蛮な女どもに、むっちゃお似合いの姿でございまするぅっ!」

「「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああーっ!」」


 けけけ。いい気味だぜィッ!


「知っているかい? 一度人を喰った魔獣は、人を恐れなくなるんだよ。なぜならば、人を『餌』だと認識するからさ。そして、『餌』というのは――」


 間をたっぷり溜めてからの~……。


「貴様らのことだあああああああああああああああああああああああァァァーッ!」


 この偉大なる魔王に逆らった報いよッ!

 獣の餌になれェいィィィーッ!


「この無礼者どもがッ! 魔獣に喰われて、糞になれええええええええええーッ!」


 この魔王様が、凡愚などにいいように弄ばれるわけがなかろうがァッ!


「くそ野郎がァーッ! よそ者は、これだから信用ならねぇんだッ!」

「な、なんて奴だ……っ! やることが邪悪の極み……」


 愚かな小娘どもがッ!

 怯えろ! 畏怖しろ! 絶望しろ!


「まさに、『魔王』なのだっ!」


 これが、魔王カルナインのやり方よッ!

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