第79話 地獄の山登り!

「はぁ、はぁ……っ! きっつ……いっ!」


 べアトリクスの馬鹿に無理矢理拉致された俺は、最低最悪な登山をさせられていた。


「おい、遅れるな! のろま! 走れ、狼のようにっ!」


 狼に悠然とまたがるべアトリクスが、上から目線で怒鳴ってきやがる。

 くそ! 野蛮な半裸女め。自分だけ狼に乗って、楽しやがって……ッ!


「おい、ベアトリクス! 煽るな、少しは気を遣え! こっちは徒歩なんだぞッ!」

「だいだい、お前はなんで『魔獣討伐にサンダル履きで来ている』んだッ!? 仕事を舐めてんのかッ!」


「うるせぇな、サンダルが好きなんだよ。なぜならば、サンダルは労働とは無縁な隠居生活の象徴だからだッ!」


 とはいえ……山登るってのに、サンダルなんて履いてこなければよかった。


「クソ……足が痛てぇ。仕事なんてするもんじゃねぇな……ッ!」


 サンダル履きでの強制登山もそうだが、くそ重い荷物を持たされているのが最悪だ。

 しかも、俺が背負わされている木の樽には……『血まみれの臓物』が、ぎっちり積み込まれていやがるッ!


「くせぇし、足痛てぇし、重てぇし、最悪だッ! 家に帰らせてくれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーッ!」


 これほどまで家に帰りたいと思ったことは、生まれてはじめてだッ! マジで!


「フール! ふざけた絶叫を張り上げている暇があるのなら、しゃきしゃき歩けっ!」


 などと、生意気にほざくアンジェが、疾風のごとき速さで俺の横を通り過ぎていく。


 あの俊敏さと体力は、なんなんだよっ!?


「どっかのアホと違って、元気があって感心な嬢ちゃんだ。よし、行くぞ!」

「はいっ!」


 獣じみた動きの二人の野蛮な女たちが、山を猛烈な勢いで駆け登っていく。


「やだ、こわい……この足場の悪いぬかるんだ山道を、なんであの速さで駆け登れるの……ッ!?」


 いや、慄いている場合ではない。

 このままだと、置いて行かれる!

 こんなわけわからん山で置いていかれたら、完全に遭難する! 魔王なのに!


「偉大なる魔王が惨めったらしく遭難するなど……あってはならないのだッ!」


 この山は、周囲一帯が鬱蒼とした森に覆い尽くされていた――。


 視界は前後左右、緑一色。大小さまざまな樹木しか目に入ってこない。

 頭上を見上げても、青々と繁茂する大樹の葉で、空が見えないありさまだ。


 地元民のべアトリクスとはぐれたら、マジで完全に遭難するッ!


「お前ら、待てッ! 置いていくなッ!」


 全力で山道を駆け登ると、べアトリクスの赤い髪が見えた。


「遅いぞ、ごく潰し! 寄り道して遊んでたのかッ!?」


「うるせぇ! 遅いに決まってんだろッ! 臓物がぎっちり詰まったくそ重い樽なんか持たせやがってッ! これで速かったら、異常健脚男性だろうがッ!」

「はぁ? きっしょ。意味わかんねぇこと言って、キレんなッ!」


 べアトリクスと合流するなり、俺は背負っていた樽を地面に置いた。


「うるせぇーッ! この樽は、お前が乗っている狼に運ばせろォーッ!」

「馬鹿言うなし。血の臭いで、狼の鼻が利かなくなるっしょ? 蓋をしていても臭いってのに、狼に背負わせでもしてみろ、『魔獣の臭い』が嗅げなくなっちゃうじゃん」


 フン、正論風の戯言だな。

 知ったことではない。


「休憩だ。誰が何と言おうと、俺はここで休むッ!」


 俺は、とにかく休みたかった。

 休むと決めたら、何がなんでも休む。


 それが、魔王流の仕事術だ!


「この程度でバテるなよ、男だろ! 力仕事ができない男なんて、男失格だぞッ!」


 反吐が出るような偏見と差別に対して、何か言い返そうと思ったが……。

 やめた。


「ほーい! ほーい!」


 なぜなら、言い争いなど疲れるだけだからだ。


「フール、情けないぞ。私の『宿敵』が、このぐらいでへばるなっ!」

「うるせぇ! 俺は、お前の『宿敵』なんかじゃねぇんだよッ!」


 異常元気娘め、疲れているのにダルがらみしてくるんじゃねぇ。

 余計に疲れるだろうがッ!


「ほーい! ほーい!」


「うるせぇぇぇーッ! さっきから、なんなんだッ!? 『ホホホイ! ホホホイ!』じゃねぇんだよッ! なんやねんッ!?」


 山のあちらこちらから聞こえてくる奇怪な叫び声が、無性に苛立つ。


「なにって、あっちで騒いでんのは、『勢子』だよ」

「せご? ベアトリクス隊長殿、それはなんなのだ? 山に住んでる獣か?」


 アンジェが、狼に水を飲ませていたべアトリクスに意味を尋ねる。


「ちゃうちゃう。『勢子』ってぇのは、ああやって声やら音を出して、山の下手から尾根のほうへ獲物を追いやっていく役目の連中のことさ。麓にいた猟友会の人たちだよ」


 ん? 山の下手から尾根に追いやる……?


「尾根って、俺たちが向かってる場所じゃねぇかッ!」


「そうだよ。一足先に尾根に行って待ち受けているあーしたちが、勢子が追い立ててきた獲物を仕留める――そういう作戦ってワケ☆」


 ベアトリクスがウインクして、かわいこぶってきた。


「『そういう作戦ってワケ☆』じゃあないんだよ! 初耳だぞ!」

「あれ? 言ってなかったっけ? でも、今言ったからいいっしょっ! わははっ!」


 はあああっ!? 「いいっしょ。わはは」じゃねぇんだよ! クソがァッ!


 ボケジジイめェ~ッ! 俺に一番厄介な仕事を押し付けやがったなァァァーッ!


「これは、将軍直々の采配だ。あーしに文句言っても無駄だぜ」

「はあああーっ!? バッカじゃねぇの! そんな危険な役目を押し付けんじゃねぇよ! こっちは素人であると同時にか弱い一般人だぞッ!」


「はあ? お前、『筋金入りの無職だから、仕事くれるならなんでもする』って、将軍に泣きついて、この仕事をもらったんでしょ? いまさらオタついてんじゃねぇよ」

「んなこと言ってねェッ! 頭下げて労働するなんて、どこの馬鹿だよッ!」


 待てよ……。

 もしかして、あのクソジジイ……。


 この危険な仕事で、あわよくば俺が魔獣に喰い殺されればいい……。


 いや、むしろ!

 魔獣に俺を喰い殺させよう――などと企んでるんじゃねぇのかッ!?


 あの性根の腐りきった老害ならやりかねんッ! ざけやがってェェェ~ッ!


「ちょっと待つのだ、ベアトリクス隊長殿っ! そんな重大な役目を、ここにいる私たち『三人だけ』でやるのかっ!?」

「そうだ。なんでも、嬢ちゃんは『元勇者』ってことで『えらく腕が立つ』そうじゃないか?」


 だから、獲物を仕留めるという重要な役目なのにも関わらず、人員が俺と馬鹿アンジェと半裸狼女の三人などという意味不明な構成なのだなッ!


「……フール。なんか、おかしいことになっていないか?」

「最初から、ずっとおかしいの! だから、働いちゃダメなんだよぅっ!」


 泣き言を言っている場合ではない!

 早急に、ここから逃げ出さなければ、あかんってばよッ!

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