第76話 出た! 赤髪褐色半裸女騎士と荒くれ者軍団!

「いえーいっ! 『将軍の孫のヒモ』のごく潰しじゃ~ん! なになに~、お前も来てた系? 筋金入りの無職が、仕事なんて珍しいじゃんよっ!」


 開口一番、この無礼さ。

 本当に、この島の連中は品性が下劣なやつばかりだ。


「見ろ、アンジェ。頭のおかしい恰好をした声のデカいガサツな女は、べアトリクス。今回の仕事の現場責任者だ」

「誰が、声のデカいガサツな女だ! 奥ゆかしい乙女に向かって失礼だぞ! 斬り捨てられたいのか? ああんっ!?」


 燃えるような赤い髪を逆立てるべアトリクスが、肩に担いでいた巨剣を突きつけてくる。


「タッパも乳もケツもデカけりゃ、剣までデカい。どんだけデカ盛りが好きやねん」

「出会ってそうそうセクハラかッ!? 教育的指導が必要みてぇだなァッ!」


 自分よりもデカい剣を軽々振り回す怪力をこれ見よがしに主張して、かよわい俺を威嚇してきただとッ!?


「うひゃぁ~……職場の人間関係が、初手で最悪だと判明したよ。仕事が始まる前から、ゲンナリしちゃう」

「おい、ごく潰し! 『パンドラ騎士団一の美少女』であるあーしと一緒に仕事できるってーのに、なんだその態度はっ!? もっと喜べ、歓喜しろっ!」


 無視~ん。


「かわいい女の子を無視すんじゃねぇーっ!」

「何が、かわいい女の子だ。恐怖の怪力露出狂女め」


「お、おい……フール。私は、ここで一体何をすればいいのだ?」


 明らかに手持無沙汰で、居心地悪そうにしているアンジェだった。


「なーなー? ヨーゼフ将軍が、あんたと一緒に連れて来たあのお嬢ちゃんさぁ~……使えんの?」


 人見知りを発揮するアンジェを見るなり、べアトリクスが俺に耳打ちしてきた。


「使えるかどうかは知らんが、あいつは『俺より強い』よ」


 仕事は全部アンジェにやらせるつもりだから、ベアトリクスの期待値を上げておいたほうがいいだろう。


「へぇ~、すげーじゃん……ベアトリクスちゃん、驚いちゃった!」


 胡散臭そうな顔をするべアトリクスが、アンジェを値踏みするように上から下までじろじろと見る。


「見た目はただのすっとぼけた小娘だが、魔獣退治ならお前たちよりも手慣れているはずだ。外の世界にいた頃は、『魔獣やら魔族やら殺しまくっていた』からな」


 実際、我が配下の魔族を皆殺しにした実績があるわけだし……。


「ふ~ん……確かに、体つきと立ち振る舞いは、一般人じゃねぇなぁ~……」

「む、胸ばかり見ないでほしいのだ……」


 そこら辺をうろついている野良の魔獣など、敵にすらならないだろう。


「ってゆーかさ……嬢ちゃんの格好は、なんなの? な~んで、魔獣狩りするってのに、『変な模様の地味ともおしゃれともつかない絶妙にダサい服』を着てんの?」


 白黒の横じまにベルト状の拘束具の着いた服などという、理解不能な美的感覚を見せつけるアンジェだった。


「よく見ると……嬢ちゃんの服は、『囚人服』じゃねぇかッ!?」


「うちのアンジェは外出るときは、この島に流れ着いた時に着てた囚人服なんだよ。仕事着は持ってても、私服は持ってないのだ」

「買ってやれよ、服! 社会不適合の不審者というか、脱獄犯にしか見えねぇぞッ!」


「ヤバいやつのほうが、ヤバい仕事させるのに適任だろ? 魔獣なんて、あいつがすぐに討伐してくれるよ。だから、あんまキャンキャン騒ぐんじゃねぇ」


 ったく。着ている服で人間を差別するとは、とんだ卑劣な差別主義者よ。


「なんだよ、なんだよ~。やたらと、あの嬢ちゃんのこと買ってるじゃん……でも、あーしは、あんたの言葉は信じられないな」

「だったら、最初から聞くな」


「事前の聞き取り調査は大事だろ? まっ! 事の真偽と実力は、あーしが自分の目で見て確かめるさ!」


 生粋の無礼者のべアトリクスが、おもむろに勇者に手を差し出した。


「いえーい! あーしは、ベアトリクスだよ~、よろしく~! あんた、お名前は?」

「フールだよ。知ってんだろ?」

「お前じゃねぇよっ! そっちのお嬢ちゃんに聞いてんだよっ!」


「……ア、アンジェリカ」


 アンジェには、とっさに偽名を名乗る小賢しさはなかったようだな。

 指名手配犯ではなくなったとはいえ、身元がふわふわと不安定なのに、素直に名前を言ってもいいのか?


 あ~……でも、ここに連れてくるにあたって、メイとジジイが色々と小賢しい手を回しているっぽいから、別に素性はどうでもいいのか。


「外での名前はそれだが、こっちでは『アンジェ』って名乗ってる。つか、『おめーらの将軍のヨーゼフのジジイが、そう名乗らせている』。だから、お前ら一般騎士団員も、アンジェって呼んでやってくれ」


 皆まで言わずともこう言っとけば、ベアトリクスが勝手に事情を察するだろう。


「なるほどねぇ~……わかった。小耳に挟んでたが、色々と複雑な身の上らしいな」


 おバカな後輩のために気を遣ってやるとは、ほんま優しい魔王様やで。


「新入りのアンジェ! あーし率いる、パンドラ騎士団が誇る特殊戦闘部隊・『赤狼遊撃隊』へ、ようこそっ! 歓迎するぜっ!」


 べアトリクス率いる『赤狼遊撃隊』は、パンドラ島で発生した各種の紛争に対する防衛、戦闘時における民間人の保護、また敵対組織への捜査、抑止、検挙、暗殺などの対応、および魔獣退治――等の治安維持活動を目的としている攻勢の防衛組織だ。


「よ、よろしくお願いします……」


 べアトリクスに挨拶をしたアンジェが何かに気づいて、いぶかしげな顔をする。


「おい、フール。ここの隊員たち……仕事の前だというのに、煙草を吸ったり、お酒を飲んだりしているぞ」

「奴らは一応、肩書こそ騎士団だが、実質は『荒くれ者の寄せ集め』だからな。騎士のくせに、規律を守ったりなどしないのだ」


 魔族と人間の最終戦争後の混乱による島外からの不穏分子の流入および、魔王である俺の亡き後の魔族の暴走による世界規模の治安の悪化は、既存の防衛組織の手に負えないものになっていた。


 そこで、パンドラ王国騎士団の将軍であるメイのジジイが、騎士団では手に余る乱暴者やら腕の立つ街の無頼漢、一芸を持つ軽犯罪者、喧嘩自慢の不良娘――などを雇い入れて、直属の配下であるべアトリクスを長にした特殊軍事組織を編成した。


「ここパンドラには、世界各地からろくでもない連中が流れ着く――そんな追い詰められて行き場のない貧窮して荒廃した連中は放っておくと、十中八九、犯罪を犯し、最後は反社会勢力に取り込まれる……そんな連中に、仕事と立場と居場所を与えている組織が、目の前で酒盛りしているパンドラ王国騎士団『赤狼遊撃隊』なのだ」


「と……とんでもない騎士団なのだっ! ならず者軍団ではないかっ!」


 メイのジジイは、倫理規範や道徳規範などを微塵も持ち合わせていないような連中を『騎士団という型にハメる』ことで、更生させ社会に帰属させようとしたのだろう。


「街のあぶれ者どもを世話してやることで生まれた組織への帰属意識を利用し、凶暴で野蛮な連中を心身両面から支配しているのだ。そんな涙ぐましい努力の結果が、『赤狼遊撃隊』なんだよ」


「……そんな危なげな奴らで、魔獣狩りは大丈夫なのか?」

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