第75話 シン・勇者
「なにゆえ私が、『魔獣退治』などせねばならんのだっ!?」
「貴様は、メイに借りがある。そして魔獣退治をすると、それがチャラになるからだ」
現在、俺は……アンジェとともに、滞納している生活費の支払いをチャラにするため魔獣退治に赴いていた――。
「なにゆえ私が、敵である魔王と協力しなければならないのだっ!」
「情勢は常に移り変わり、昨日の常識は今日の非常識になるのだ。魔王と勇者が共に汗水たらして労働せねばならぬ時もあるのだよ」
「なぜだっ!? 私は『お休みの日』だぞっ! 労働などできるかあああああーっ!」
「なぜなぜ、うるせぇ! 四の五の言わず働け、なぜなぜ勇者がよォッ!」
「誰が、なぜなぜ勇者だ!? 不愉快だ、帰るっ!」
な……なんてやつだ……ッ!
食い逃げ犯にして女児に借金してる――という一刻も早く恩を返さねばならない状況にもかかわらず、仕事をバックレようとしてきやがっただとォォォ~ッ!
「おい、アンジェ! 休日出勤をしろ、バックレんじゃねェーッ!」
「ぷいっ!」
このままでは、俺一人で仕事する羽目になってしまうではないかッ!
なんとかしてアンジェを引き留めて、仕事を押し付けねばッ!
「待つのだ、バックレ勇者よ」
「誰が、バックレ勇者だっ!?」
「誇り高き『勇者様』が、命の恩人に借りを返さないでいいのか?」
自尊心と罪悪感を同時に刺激する言葉を投げてやると、アンジェがピタリと足を止めた。
「……だめだ」
「ならば、ちゃんと返せ。今ここで、休日出勤をしてな」
「ぬぅぅぅ~んっ!」
ものすんげー不満顔のアンジェが、憎しみと不満を込めた眼で睨み付けてくる。
「予定外の休日出勤など、勇者にふさわしくないのだっ!」
「わがまま勇者アンジェリカよ。これから始まる労働を、ただの強制労働だとでも勘違いしているのではあるまいな?」
「勘違いもなにも、強制労働だろうが。私は帰るのだ、今日はお休みなのだからな」
アンジェは稀代の馬鹿だが、戦闘力は魔王であるこの俺に匹敵する。
怪我の後遺症ですっかり弱体化してしまった俺と違って、絶賛現役中のこいつにとっては魔獣退治など、ネズミ退治よりも容易いはずだ。
「待て、勇者アンジェ……いや、魔王との戦争が終わり用済みになるや、罪人認定の賞金首となった時点で、勇者でも何でもなかったな」
「なにぃっ!? 誰が、勇者でも何でもない罪人だっ!? もう私は、罪人でも賞金首じゃないぞっ!」
帰ろうとしていたアンジェが、ムキになって食って掛かってきた。
「そうだな。パンドラで身分を洗浄して過去を消すために対外的に偽装死されたお前は、完全に勇者の任を解かれ、外での罪も消えたのだったな」
「うむ。正しい認識ができているじゃないか」
「今や、ただの『食い意地が異常に張った馬鹿な小娘』だったな」
一旦落ち着いたアンジェが、再び食って掛かってくる。
「誰が、ただの食い意地が異常に張った馬鹿な小娘だっ! この私は、今も変わらず勇者だーっ!」
もはや、帰ろうとしていたことは完全に忘れ去っている。
「だが、ここで魔獣退治に赴けば、お前はまた『か弱き人々を救う勇者アンジェリカ』になれるだろう……いや、辛い過去を乗り越えて復活した新たなる勇者……いわば、『シン・勇者アンジェリカ』として生まれ変われるだろう」
あとは、適当に言いくるめるだけよ。
「この仕事はいわば、お前が『シン・勇者アンジェリカに生まれ変わるため』の試練だあああああああああああああああああああああああああああああああああーッ!」
「はうあっ!?」
その時、元勇者・現ホステスのアンジェリカに電撃走るッ!
「おぅのれぇーっ、魔獣めえええっ! この『シン・勇者アンジェリカ』が、成敗してくれるわああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
反抗心が強く、労働意欲がなく、倫理道徳は未履修という面倒なやつだが、扱いやすい馬鹿で助かった。
『仕事をしろ』だとまったくやる気にならないが、『人々を救う勇者になれ』と言えば、意気軒昂たる姿を見せて戦いに赴く――。
死刑級の罪人および賞金首兼元勇者にして、今は場末のホステス――というしょっぱすぎる状況にも関わらず、前向きに人生に挑んでいくあの娘の姿を見ていると……。
「ノー天気元気娘って、素敵やんっ!」
魔王という偉大なる地位から転落して、小さなスナックで邪悪なメスガキに小突かれながら嫌々働いている俺としては、とても勇気づけられる思いだ。
どうしようもなく惨めな状況にあっても、人は前向きに生きられる!
俺は、前向きにかつひたむきに魔王道を貫き通そうッ!
「よし! 今日は絶対に働かないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
魔王たるもの、他者を働かせることはあっても、他者に働かされてはならないッ!
「魔獣討伐隊しゅーごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
唐突に、どっかの馬鹿が大声を張り上げた。
「うわぁっ! なんなのだ、今の大声はっ!?」
大声に驚いたアンジェが、俺の側にすり寄って来る。
「気にするな。この島の連中は、どいつもこいつも声がバカデカいのだ」
新参者のアンジェに、この島の住人のクソさその一を説明してやる。
「魔獣討伐隊しゅーごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「同じことを二回も、大声で叫んでいるぞ」
「大事なことだから、二回言ったのだろう」
クソうるせぇ声の主は、褐色の肌をした赤髪の女だ。
「そこの無職っぽい二人組! 魔獣討伐隊は、あーしのところに集合だぞっ!」
燃え盛る炎のように赤い髪。どこか狼じみた鋭い眼光。鍛え上げられた褐色の肉体と、ビキニアーマーとハーフパンツ越しに威嚇するように主張してくる巨乳と巨尻。なのに、それを隠すようにマントを羽織っている。
「上半身がビキニアーマーで下半身がハーフパンツ。なのに、マントを羽織るとか……見せてぇのか、見せたくないのかどっちなんだよ? 全国のちょっとエッチな男子たちをやきもきさせるような舐め腐った恰好しやがって……ッ!」
「なんかギャルっぽいし、声大きいし、こわいのだ……」
などとやっていると――矛盾した欲望をモロ出ししている赤髪女がデカい乳とケツを揺らしながら、おもむろに近づいてきた。
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