第73話 なんで? 突如開催!? 大食い大会!


「はーい、あと一分でーすっ! お肉をガンガン食べてくださいねーっ!」


 肉が焼ける香ばしい匂いが俺の鼻をくすぐり、じゅーじゅーという肉の焼ける音が俺の耳を喜ばせる。


「がしゃがしゃ! ぐぁふぐぁふ!」


 俺の隣では、アンジェがとんでもない勢いで肉を貪り食っている。


「アンジェ! 時間がないぞ! 肉を喰え! 噛まないで飲め、飲み込むんだッ!」

「むしゃむしゃむしゃあああああああああああああああああああああああーんっ!」


「いい調子だ、アンジェ! その勢いで、喰らいきれェェェーッ!」


 俺は今、なんの因果か……。

 大食い大会に参加しているアンジェの付き人と化していた。


 偉大なる魔王の俺が、なぜそんなことになっているのか?

 はたから見たら、完全に頭がどうかしている。

 ただ、一つだけ言えることは……。


 ――俺は、なにがなんでも仕事をサボりたかったッ!


「親切な俺が、愚かなお前に人生のウラ技を教えてやる――腹が減ったら、大食ないし早食い大会をやっている店に入れ――そうすれば、飯代がなくとも飯が食える!」

「くっ! 無職の癖に、生活に役立つ知恵を授けるとは、生意気なっ!」


 なんだ、こいつ!?

 俺に助けてもらっておきながら、ふざけた無礼を働くなッ!


「うるせぇ、馬鹿野郎! ふざけたこと言ってる暇があったら喰えッ! あと一分で時間切れだ! 完食できなきゃ、通常の十倍の料金を払うんだぞッ!」


「んごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごーっ!」


 俺が急かすと同時に、突如としてアンジェが肉を吸いだしたッ!?


 焼き肉は飲み物です!

 とでも言わんばかりの勢いで肉を吸うアンジェは、肉を燃料にして体を動かし肉を喰らうなぞの怪奇生物と化したッ!


「もぐもぐ。それはそうと、早くご飯こないかなぁ? もぐもぐ。焼き肉といったら白い米だろう?」


 なにぃぃぃ~っ!?

 肉を飲み干すなり、白米を欲しただとぉぉぉ~ッ!?


「たまげた! かつての敵ながら、あっぱれな喰いっぷりだッ!」


「このごく潰しがァッ! 仕事をしないで、ぬぅわ~にをしとるんじゃあァーッ!?」


 大食い大会が盛り上がってくるなり、メイのジジイが唐突に邪魔をしてきた。


「遊んでないで、さっさと仕事に行くぞッッッ!」

「この子が、まだ食べてる途中でしょうがああああああああああああああああッ!」


 ジジイを追っ払うなり、すかさずメイが邪魔をしてくる。


「フール! なんで突然、大食い大会に参加しとんねんっ!? 仕事しろぉーっ!」

「んだよ、うるせぇな。こっちはかわいい後輩の応援をしているんだ、邪魔すんなッ!」


 人が楽しんでいるのを邪魔しくさりやがってッ!

 まったく、ろくでもねぇジジイと孫娘だってばよ。


「なんなのだ、お前らは? 仕事、仕事って、俺にどーしろっつーんだよ?」


「「どうしろもこうしろも……仕事しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」」


 ジジイとメイの迷惑一家が、この俺に唾棄すべき労働をさせようとしてくる。

 なんて、恥知らずで罪深く迷惑な連中なんだ……。


「仕事の依頼なら、まずは出すもん出せよ。話はそれからだ」

「ごく潰しにやるもんなど、なんもないわァァァーッ!」


「馬鹿じゃねぇの? あのね、おじいちゃま? 大人はね、『タダじゃ働かない』んだよ。俺を働かせたかったら、まず最初に金を払え」


 老害はボケているので、世の中の道理すらわからないらしい。

 このジジイは、完全なる痴ほう老人と言っていいだろう。


「フールっ! 生活費を半年も滞納しておいて! なんで、そんな偉そうやねんっ!」

「そんなもんは、この前、借金のカタにさらわれたのを助けてやったのおよび、借金の帳消しでチャラだ」


「それはそれ、これはこれやっ!」


 そんな老害ジジイの孫娘は、恩知らず小娘ってワケ。


「じゃかしい、クソ恩知らず理論使いのロリエルフめ……恥を知れェェェーッ!」


「てんめぇ~……このタダめし喰らい野郎がーっ! お前をうちに置いてやってんのは、なんのためやと思っとんのやっ!? フールが、うちを助けるのは『決まったこと』なんやぞっ! あんときの『契約』を忘れんなやっ! 何度も言わすなーっ!」


 けっ! 困ったらすぐに『契約』の話を持ち出してきやがる。

 やはり、人生に『枷』なんてつけるもんじゃねぇな。自由がなくなっちまう。


「フール。うちのために、今月の家計を『助けて』よ……ね?」

「やめろ。気安くその言葉を言うんじゃない」


 脅迫の次は、泣き落としか……。

 俺を働かせるために、日に日に話術が巧みになっていきやがる。


「言うわっ! フール、『助けて』、『助けて』、『助けて』えええええええっ!」

「こらっ! はしたない! 女の子が、そんなこと言うんじゃありませんっ!」


 破滅が宿命づけられた魔王としての運命から逃れるために、世俗に堕落して道化と化し、さらにメイと関係を結ぶことで魂に『枷』までつけて破滅に流されないように試みてはみたが……。


「よくわからんが、フールが悪いっ! 働けっ!」


 クソみたいな運命の流れによって、最悪の破滅の権化である『勇者』と再遭遇しちまった時点で……俺の当初の隠居生活は、丸潰れなのだ。

 となると、もうこんなうるさいガキの側にいる必要もないのかもしれんな……。


「なにをスカしとんねんっ!? お前の愛しのかわいいメイちゃんが『助けて』ってゆーってんのやっ! 『契約』に従って助けんかいっ!」

「うるせぇやつだな。メイ、お前との契約はここで破――」


「フールっ! メイ殿を困らせるな! いい加減、ちゃんとは――」


 突然、アンジェが俺に掴みかかってきて――。


「はたらげぼああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 吐いたぁぁぁーッ!?


「テメェェェーッ! いきなり吐くんじゃねぇーッ!」

「命の恩人であるメイ殿を困らせることは、この私が許さんっ!」

「ゲロ吐いたことを、勢いで誤魔化すな!」


「誤魔化してなどいない! 勇者である私がゲおぼるぅええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

「やめろ! 長々と生々しい音を出すなぁぁぁーッ!」


 偉大なる魔王にゲロを吐きかけるなど、もはや勇者でも罪人でもホステスでも何でもない!

 ただのゲロ吐き馬鹿娘よ!

 まごうことなき、人間の屑だッ!


「ざんねーん! 挑戦失敗でーす! お代をお支払いくださいねっ!」


「はあ? なんやねん、急に話に入ってきて」


「感謝! 感謝! またいっぱい食べたいな! 料金! シャ! シャッ!」


 なぜか店員の女が、煽り気味に領収書を寄越してきた。

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